第4話 焚き火が照らすもの



朝。 陽は昇っているのに、村は沈黙していた。 誰もが物音を立てぬように作業している。 声をひそめ、目も合わせない。


(……静かすぎる)


俺は焚き火の跡を見つめながら、そんなことを思っていた。




「お兄ちゃん、まだいたんだ」


カンタが、焚き火のそばで手をぬぐいながら笑った。


「じいちゃん、今日も鍋炊いてるよ。俺も手伝ってくる」


そう言って去ろうとする彼の声の先から、低い渋い声が返ってきた。


「おい、味噌が足らんぞ」


「じいちゃん、今朝のやつ塩っぱかったよ」


「うるさい。塩が少ねぇからこうなるんだ」


「でも俺、全部食った」


「……ふん。体ばっかり育ちやがって、口だけはいっちょ前だな」


「じいちゃんも食えよ」


「お前が半分置いてけばな」


焚き火の奥で、湯気と一緒に、小さく笑う声が聞こえた。 それだけで、今朝の村が少しだけ温かく感じられた。



薪を抱えていたカンタが、ふと足を止めた。


「……昨日、俺、夢見たんだ」


「どんな?」


「父ちゃんと母ちゃんが、笑ってた。俺の弁当、作ってくれてさ」


「……そっか」


「……でも、俺、もう顔も思い出せないんだよね」


そう言って、カンタはあっさりと笑った。 その笑顔が、どこか空っぽで、やけに痛かった。



村人たちは、相変わらず俺を遠巻きに見ていた。 声もかけないし、近づきもせず。 けれどその中のひとりが、ぽつりと呟くのが聞こえた。


「あの子も……あのとき、よく生きてたもんだよ」



焚き火の前で、甚八は黙々と鍋をかき混ぜていた。 その隣にしゃがみこんだカンタが、器用に炊き立ての米をよそっていく。


「じいちゃん、そろそろ味見する?」


「お前の舌を信じるほど、俺は落ちぶれちゃいねぇ」


「んじゃ俺が食う」


「勝手にしろ」


そこに俺が近づいても、甚八は振り向かない。


「なぁ……村のやつら、お前のこと怖がってるように見えるけど、なんでだ?」


甚八は鍋の底をじっと見たまま、答えた。


「俺が黙ってるときが一番安全なんだよ」


それだけ言って、火を見つめる目がわずかに細くなった。 その奥には、炎よりも赤く、長く燻った何かがあった気がした。



その夜、村の外の風が変わった。 焚き火がぱちんと弾けた音に、誰かがびくりと肩を揺らす。


誰も言葉にはしなかったが、全員が同じように思っていた。


(……来る)


そう感じている空気が、村の空を押し下げていた。


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