第4話 焚き火が照らすもの
朝。 陽は昇っているのに、村は沈黙していた。 誰もが物音を立てぬように作業している。 声をひそめ、目も合わせない。
(……静かすぎる)
俺は焚き火の跡を見つめながら、そんなことを思っていた。
*
「お兄ちゃん、まだいたんだ」
カンタが、焚き火のそばで手をぬぐいながら笑った。
「じいちゃん、今日も鍋炊いてるよ。俺も手伝ってくる」
そう言って去ろうとする彼の声の先から、低い渋い声が返ってきた。
「おい、味噌が足らんぞ」
「じいちゃん、今朝のやつ塩っぱかったよ」
「うるさい。塩が少ねぇからこうなるんだ」
「でも俺、全部食った」
「……ふん。体ばっかり育ちやがって、口だけはいっちょ前だな」
「じいちゃんも食えよ」
「お前が半分置いてけばな」
焚き火の奥で、湯気と一緒に、小さく笑う声が聞こえた。 それだけで、今朝の村が少しだけ温かく感じられた。
*
薪を抱えていたカンタが、ふと足を止めた。
「……昨日、俺、夢見たんだ」
「どんな?」
「父ちゃんと母ちゃんが、笑ってた。俺の弁当、作ってくれてさ」
「……そっか」
「……でも、俺、もう顔も思い出せないんだよね」
そう言って、カンタはあっさりと笑った。 その笑顔が、どこか空っぽで、やけに痛かった。
*
村人たちは、相変わらず俺を遠巻きに見ていた。 声もかけないし、近づきもせず。 けれどその中のひとりが、ぽつりと呟くのが聞こえた。
「あの子も……あのとき、よく生きてたもんだよ」
*
焚き火の前で、甚八は黙々と鍋をかき混ぜていた。 その隣にしゃがみこんだカンタが、器用に炊き立ての米をよそっていく。
「じいちゃん、そろそろ味見する?」
「お前の舌を信じるほど、俺は落ちぶれちゃいねぇ」
「んじゃ俺が食う」
「勝手にしろ」
そこに俺が近づいても、甚八は振り向かない。
「なぁ……村のやつら、お前のこと怖がってるように見えるけど、なんでだ?」
甚八は鍋の底をじっと見たまま、答えた。
「俺が黙ってるときが一番安全なんだよ」
それだけ言って、火を見つめる目がわずかに細くなった。 その奥には、炎よりも赤く、長く燻った何かがあった気がした。
*
その夜、村の外の風が変わった。 焚き火がぱちんと弾けた音に、誰かがびくりと肩を揺らす。
誰も言葉にはしなかったが、全員が同じように思っていた。
(……来る)
そう感じている空気が、村の空を押し下げていた。
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