第5話 沈黙を破るもの

村の朝は、凍りついたようだった。


鳥の声すら聞こえない。

誰もが黙って鍬を振るい、水を汲み、地面だけを見ていた。


(……今日、来る)


誰も口に出さないが、空気はそう語っていた。



昼を少し過ぎた頃だった。


村の柵が軋んだ。

粗末な鎧に身を包んだ三人組が、ずかずかと入ってくる。


「へへっ、今月も“ご挨拶”に来てやったぜぇ!」


甲高い声が村に響いた。

村人たちは一斉に俯いた。

顔を見られないように、目線を地面だけに落とした。


(……あれが、柊谷衆〈ひいらぎしゅう〉)


俺は納屋の影からそっと覗いた。


男たちは慣れた手つきで戸を蹴り開け、囲炉裏を蹴散らし、米俵を物色していた。


「なぁ、こっちも怪しいぜ。隠してんじゃねえのか?」


囲炉裏のそばで薪を割っていたカンタが、怒りを隠せない顔で立ち上がった。


「それ、じいちゃんの米だ!」


ガキの声に、男たちはニヤリと笑った。


「ほぉ……口きく元気あんじゃねえか。誰にモノ言ってんだ、あァ?」


振り上げられた拳が、カンタの頬を打った。

小さな身体が地面に転がる。


……俺は立ち上がりかけた。だが、寸前で足を止めた。


焚き火の奥、石動 甚八〈いするぎ じんぱち〉を見た。


彼は鍋の縁を見つめ、動かなかった。


「……行かなくていいのか?」


俺は問うた。


甚八は、ゆっくりと、鍋の縁に沈む湯気を見たまま答えた。


「……俺に手を伸ばす資格はもうない」


「今さら、何を守れる……」


その声は、ただ静かだった。


甚八は、目を閉じた。


焚き火の音だけが、耳に残る。


……次の瞬間、俺は立っていた。


「……世話のかかるじじいだな」


腰の刀を抜かず、鞘を手に取った。


次の瞬間、風を裂く音が鳴った。


振るわれた鞘が、目の前の男の腹をえぐった。

呻く暇もなく、男は地面に倒れ込む。


残ったふたりが、硬直した。


一人が震える声で叫んだ。


「て、てめぇ、誰に手ぇ出したか、分かってんのかァッ!」


村中が凍りつく。


誰も、俺に駆け寄ろうとはしなかった。

村人たちは、ただ黙って立ち尽くしていた。


そんな中で、地面に転がっていたカンタだけが、俺を見上げた。


頬を腫らし、泥だらけになりながら、彼はぽつりと呟いた。


「……ありがとう」


小さな声だった。

けれど、その声だけが、耳に残った。


遠く、焚き火の奥で、甚八が目を細めた。


そして、誰にも聞こえない声で、ぽつりと呟いた。


「……世話をかけるのは、俺だけじゃねえらしいな」


風が吹き抜けた。


村の空気は、もう元には戻らなかった。

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戦国ソロスタート、強すぎて村が引いてる @gchan1945

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