第2話_彼女の歌が終わるまで・・・

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死ぬまでに叶えたい夢がある。

だから……

歌いてし止まん。

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とある辺境の村で、村兵として暮らしていたタロウ。

昼は畑を手伝い、夜は剣を両手に村の男たちと村の周囲を巡回する日々。

夜ごと、村は魔物に脅かされ、闇の向こうから得体の知れぬ気配が迫っていた。


――タロウ!

???:今日も私の歌を聴いてね!!


隣に立つ彼女は、この村の近くで野垂れ死にしかけていた俺を救ってくれた存在。


――セビィ


彼女は、歌で魔物の命を狩る村の巫女。

透き通る声が夜気を震わせると、闇に潜む魔物たちは苦悶の叫びを上げ、地に伏して絶命する。

村人たちはそれを奇跡と呼んだ。


タロウ:奇跡の歌、か……


だが村人たちは知らない。

その歌が、彼女自身の命を削っていることを。


セビィ:命を削ってでも歌うよ。

セビィ:ここが私の故郷で、私の大切な人たちが眠っている場所だから……


でもセビィが歌うたびに、血の気は失われていく。

唇は白くなり、瞳は次第に人の色を薄くなり、光を失っていった。

それでも彼女は、喉の痛みを押し殺し、息を整え、みんなの前では微笑みを崩さなかった。



――ある夜


村を覆い尽くすほどの巨大な魔物が現れた。

セビィは歌った。

大地は震え、空気は焼け、歌の抑揚に呼応するかのように、巨体から炎が揺らめく。

触れたものすべてを飲み込む無情な炎が、巨大な魔物を灰とし、崩れ落とした。


村は救われた。


ギャャャァァァアアアアアアアア!!??


突如、タロウの背後で咆哮が上がった。

獣の唸りにも似た呻き声に、人の声が絡みつき、喉を裂くようなその叫びの奥に、確かにセビィの声が混じっていた。


彼女の小さな身体を突き破るように、巨大で黒く変じた塊が現れる。

皮膚は裂け、骨は歪み、あらぬ方向に折れ曲がる。

血の匂いが立ち込め、朝焼けがその姿を残酷なほど鮮やかに照らした。


先ほどまで崇めていた存在を見て逃げ惑う村人たち。

悲鳴と恐怖が交錯する中で、タロウは両手の剣を強く握りしめ……


――彼女だった“バケモノ”と、向かい合った。


ダロ……ヴゥ……

ダロ……ヴゥ……


引き裂かれた声帯から、悲鳴とも呻きともつかぬ鋭く掠れた声が零れ落ちる。

旋律は崩れ、濁り、耳を塞ぎたくなるほど歪んでいた。


血に染まった夜明けの村で、

その壊れた歌だけが、誰にも届くことなく虚しく響き続けていた。


彼女だった“バケモノ”は、タロウの元にゆっくりと一歩を踏み出す。

ぐしゃり、と肉が擦れる音が静寂を引き裂く。


タロウは一歩も動かず、剣を納めて立ち続けた。


ウ…ザ……ギ

オイ……ジ

ガノヤ……マ


ゴブ……ナ

ズ…リシ……

ガ…ノ……カ……ワ


――ふるさと


それは、

いつの日か俺が教えた、日本の歌。


タロウ:日本語……上手くなったな……


タロウは、彼女だった“バケモノ”を抱きしめた。

彼女の身体から滲み出る黒い液体に触れ、痛みを感じながらも、

彼女の身体が灰のように崩れ、歌が終わるその瞬間まで……

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最後の日本人・タロウの物語 タロウ @tarou_novel

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