最後の日本人・タロウの物語

タロウ

第1話_奈落の図書館

――――――――――――――――――――

死ぬまでに叶えたい夢がある。

だから……

堕ちてし止まん。

――――――――――――――――――――


地下世界を貫く終わりなき大穴。

その内壁を覆うように築かれた、図書館でもあり、都市でもあるここは――


通称「奈落の図書館」


司書官・タロウは、その最下層――


「禁書区画」


切り立った岩壁に沿って並ぶ無数の書架。

足場は人一人が立つのがやっとで、背後には無限の闇を湛えた奈落が口を開けている。

逃げ場はなく一歩踏み外せば、二度と戻れない。


その書架と書架の狭間で、タロウは一人の女性と向き合っていた。


同僚の司書官――ゼノフィーラ。


タロウ:君が最近、禁書を盗んだ犯人なのか?


タロウの問いかけに、ゼノフィーラは唇を噛み、視線を逸らす。

ただ、胸に抱えた一冊の本だけは、力を込めて決して手放そうとしなかった。

指先に込められた力で、表紙がわずかに軋むほどに……


ゼノフィーラ:この禁書は、私の父の……遺品なんだ!


その叫びが禁書区画に反響したと同時に、重く統制の取れた足音が区画に流れ込んできた。


騒ぎを聞きつけた上層の司書官と、武装した館内警備兵たちが姿を現す。


集まった者たちの視線は冷たく、断罪するようにゼノフィーラを見下ろしていた。


上層の司書官:ゼノフィーラ!

上層の司書官:貴様が禁書を盗んだのか!

上層の司書官:罪を認めるか!?


ゼノフィーラは一歩も退かない。

奈落を背にしながら、禁書を盾のように抱えたまま言い返した。


ゼノフィーラ:貴様たちが、盗んだものを取り戻しただけで何が悪い!?


誰かが命令を下せば即座に拘束される――


タロウ:ゼノフィーラ!


タロウは一歩、彼女の前へと進み出た。


タロウ:ここから逃げ切ったら今度の休み、デートに行こうよ。


あまりにも場違いな言葉に、周囲がざわめく。

ゼノフィーラは一瞬、言葉を失い、そして小さく息を吐いた。


ゼノフィーラ:・・・やっぱり、あなたのことは嫌い。


そう言いながらも、先ほどまでの鋭く張り詰めた眼差しが、ほんの一瞬だけほどけたように見えた。


タロウ:じゃ、今からデートに行こうか?


全員:えっ!?


タロウは静かに手を伸ばした。

ためらいの一瞬を挟み、ゼノフィーラは禁書を渡す。

それを受け取り、タロウは禁書を開いた。


禁書区画の空気が軋み、禁書に記載されていた文字が妖しく光を放つ。


――――――――――――――――――――

――トランスロケート

――――――――――――――――――――


激しい光が禁書から溢れ出し、周囲を包み込み、視界を塗り潰す。

書架も、人影も、奈落すらも白に溶けていった。



――――――。


ゼノフィーラ:……ここは?


見知らぬ場所。

足元にはただ地面があり、頭上にはただ空があった。

立ち尽くす彼女の隣で、タロウは肩をすくめて笑う。


タロウ:知らなかったのか?

タロウ:この禁書を書き残したのは、転移魔法を極めた君の父親だ。


タロウは禁書のページを静かに閉じ、そっとゼノフィーラの手に返した。

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