駐車場の幽霊は背伸びをしながら、今日も一日を生きてる。

すちーぶんそん

幽霊が生まれた日


 時刻は朝10時。うす曇りの晴れ間をって幽霊が出た。



 そこはT警察の駐車場。新しい免許証を受け取って、出口の自動扉をくぐって車に向かう、まさにその時だった。



 車の陰から痩せた男が歩いてこちらに向かって来るのが見えた。


「――――ッッ!!」


 50メートルの遠間。私はその様に息をのんだ。




「なんじゃぁァ……?」


 

 小さな男だった。


 ぶかぶかの青黒いボンタンを下半身にあつらえ、汚いスニカーを履いた(あるいはスニーカーに乗った)男の、新品の白いTシャツからのぞく両の腕はほっそほそだった。


 涙の雫よりも透き通っていて、濡れたての猫より細かった。


 

 男がどんどん近づいてくる。



 脳のシナプスが度重たびかさなる惰眠だみんに負けて、ありもしない幻覚をでっち上げたことにして、私はその場から走って逃げ出したかった。


 その耐え難い欲求の首根っこを踏みつけにしたのは、後ろ向きに被った黒い野球帽の下、男の二つの眼のだった。



 ケツに中太激カタのフランスパンを刺したような表情をした15歳ほどに見受けられる男の眼は、『マジ』だった。



 キラキラしていた。



 だが、すべてが整っていて、曇りなき玉のような男に一つの違和感。





『スーパーマ〇オと寸分すんぶん同じヒゲ』



 黄金比の長方形のデカヒゲ。





 あんなものが実在するわけがねぇ……。



「あぁ、そうか……」

 



 それは15歳のドカチンの形をした幽霊だった――。






 ◇◇◇◇




 たまーに見受けるハズレの天丼。


 シンナーとジャムパンだけで育ったと確信できるほど、細い細いベトナム産のエビ。

 それに、ぶっかぶかの衣をまとわせて、無理やり揚げて仕上げた天丼。


 蕎麦屋に見つかったらダンピングの疑いで、つるし上げを食らうに違いない値段で、健康マニアに言わせれば未遂なだけのほぼ殺人、の、あの天丼。


 

 天丼は『売り物』であり、であるからには当然『購入者』も存在する。



 御多分に漏れず、その天丼も、とある男に買われた。



 運ばれたのは、閉め切りのカーテンの、汚れた薄暗い部屋。男の住む家だ。



 男と天丼。初めての二人暮らしが始まる。



 男の趣味はテレビゲームだった。



 唯一の家財のテレビには、赤白黄色のコードが繋がれ、男はそこで日がな一日ゲームに興じる。


 薄暗い部屋を照らすブラウン管特有の青っぽい照り返しと、延々流れるスーパー〇リオのBGM。



 天丼にとってそこは牢獄だった。



 天丼自身も知っていた。自分が値段とボリューム以外に価値の無いシロモノであるという事実を。

 でも、買われたからには期待してしまう。


「早くボクを食べてくれないかなぁ」



 だが、その願いはついに叶うことが無かった。



「…………」


 

 男は、目の前のステージクリアに夢中になり、買ったはずの天丼は忘れ去られた。


 そして天丼は、スーパー〇リオのBGMをレクイエムに、ただ渇ききり、すえて腐ったのだった。



 天丼に唯一与えられるはずの供養、「いただきます」「ごちそうさまでした」の一言は、終に与えられず、ゴミ箱に叩き込まれた。



 そして天丼は最後に恨みの声をもらした。



「覚えてろニンゲン。いつか化けて出てやるッ」





 ◇◇



 齢15。


 推定150センチ35キロのほっそ細のエビのような体躯に、黒帽子と白シャツ、

 ぶかぶかの揚げ衣のような、サイズオーバーのボンタン履きに、

 顔面の中央で黒々と浮く、マリオのヒゲ。



 天丼が、生前もっとも憎んだを借りて、自分を捨てた男がいるだろうT警察に現れた。



 ドンキで買った付けヒゲをはっつけて、親父のドカタの衣装を拝借した中学生が、警察署をアダルトDVDショップと勘違いして訪れた時のでは誓ってなかった。



 あれは、まさしく生まれたばかりのゴミ天丼の幽霊だった。



 それ以外に説明がつかない光景だった。




 ◇◇




 衝撃にひざが砕けて、私はちんぐりがえしをしてしまい、空を見ている間に男はどこかに消えていた。


 目が合った瞬間に脳裏に流れ込んできたは、きっと残留思念か何かだったのだろう。



 私と天丼は、その後再び会う事は無かった。



 誰に言っても信じてはもらえないこの話。



 だが私は、あれ以来一度として天丼を残したことが無い――。 





 了

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駐車場の幽霊は背伸びをしながら、今日も一日を生きてる。 すちーぶんそん @stevenson2

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