第16話最終話:トリックストライカー・マサル



最終話:トリックストライカー・マサル


「おいマサル、その怪しげな色のドリンク、まさかとは思うけど…」

「ケンタ、心配するな。これは俺特製、チームの勝利を呼び込む『ミラクル・エナジー・ブーストX』だ!これを飲めば、明日の試合、全員スーパーサイヤ人だぜ!」

「そのネーミングセンスからして、もう絶対ヤバい予感しかしないんだけど…」


「出禁オブ・ザ・イヤー」という不名誉な称号を(本人は栄誉と思っているが)手にしてから数ヶ月。マサルは、表立ったスポーツ活動からは姿を消していた。俺、ケンタも、ようやく平和な日々が訪れたかと胸を撫で下ろしていたのだが…そんな甘い期待は、やはりマサルの前では無力だった。


事件は、地元の弱小草サッカーチーム「万年最下位ーズ(マサル命名)」の重要な地区大会予選前日に起こった。俺は、ひょんなことからこのチームのマネージャーの手伝いをさせられていたのだが、マサルがいつの間にか「ボランティア栄養管理アドバイザー」という胡散臭い肩書でチームに出入りしていたのだ。


そして、試合前日の練習後。マサルは、例の「ミラクル・エナジー・ブーストX」を主力選手たちに振る舞った。

「さあ飲め飲め!これを飲めば、明日は君たちがフィールドの英雄だ!」

そのあまりの自信と、妙なテンションに、選手たちは疑うこともなく(あるいは、断る勇気がなく)それを飲み干してしまった。


試合当日。キックオフ30分前。

「うぐっ…腹が…」

「お、俺も…トイレどこだぁっ!」

主力選手たちが、次々と顔面蒼白になり、トイレへと駆け込んでいく。ロッカールームは阿鼻叫喚、まさに地獄絵図だ。

監督は頭を抱え、「ど、どうなってるんだ…これじゃ試合にならない…棄権か…?」と絶望の表情。


その時、颯爽と(しかし、どこか計算されたタイミングで)ロッカールームに現れたのは、真新しいサッカーのユニフォームに身を包んだマサルだった。背番号は、なぜか「999」。

「監督、お困りのようですね?こんなこともあろうかと、この『伝説のストライカー』マサル様が、助っ人として馳せ参じましたぜ!」

「ま、マサル!?お前、いつの間にユニフォームなんか…というか、お前は確か…」監督は、過去のマサルの数々の奇行を思い出し、顔を引きつらせる。

しかし、フィールドに立てる選手は数えるほどしかいない。相手チームは、すでに勝利を確信したかのような笑みを浮かべている。まさに、背に腹は代えられない状況。


「…頼む!マサル!チームを救ってくれ!」監督は、祈るような思いでマサルをピッチに送り出した。

ケンタは、頭痛と胃痛と、そしてほんのわずかな「何かやってくれるかもしれない」という歪んだ期待感で、マサルを見つめていた。


試合開始。

マサルは、これまでの奇行が嘘のように、驚くほど真剣な表情でフィールドを駆け回る。

そして、前半10分。味方からの平凡なパスに、マサルが猛然とダッシュ!相手ディフェンダーが対応しようとした瞬間、そのディフェンダーはなぜか足元の芝に足を取られ、派手に転倒!マサルは、がら空きになったゴールに、いとも簡単にボールを流し込んだ。


「ゴォォォル!見たか、これぞ俺の『見えざるプレッシャー』!」

マサルは、空手チョップを繰り返しながら、コーナーフラッグに向かって奇妙なダンスを披露。


さらに前半30分。相手キーパーが、何でもないバックパスを処理しようとした瞬間、なぜかボールをファンブル!そのこぼれ球に、マサルが稲妻のように反応し、無人のゴールへ追加点!

「追加点だぁ!俺の『幸運を呼び込むオーラ』の前に、敵はなすすべなし!」

今度は、弓を射るようなポーズを決め、観客席(ほぼケンタとトイレ待ちのチームメイト)に向かって投げキスを送る。


後半に入っても、マサルの勢いは止まらない。いや、むしろ相手チームの自滅が止まらない、と言うべきか。

相手選手は、マサルが近づくと、なぜか集中力を欠き、ありえないミスを連発する。まるで、マサルの存在そのものが、相手チームにとっての「呪い」のようだ。

そして、試合終了間際。マサルは、ドリブルで相手ディフェンダーを数人(なぜか勝手にコケていく)かわし、強烈なシュートをゴールネットに突き刺した!ハットトリック達成!


「ハットトリックだぁぁぁ!俺こそがフィールドの魔王!マサル・ザ・トリックスター!」

マサルはユニフォームを脱ぎ捨て(下には「I AM SHINGAN MASTER NEXT STAGE」と書かれたTシャツ)、ピッチを駆け回り、雄叫びを上げた。


試合終了のホイッスル。まさかの勝利に、万年最下位ーズの選手たち(トイレから生還した者も含む)は、何が起こったのか理解できないまま、ただただマサルを称えるしかなかった。


試合後、興奮冷めやらぬマサルに、ケンタが詰め寄った。

「おいマサル!お前、今日の試合、明らかにおかしかったぞ!チームメイトがみんな腹下してたのも、絶対お前の仕業だろ!あのドリンクに何入れたんだ!それに、今日の相手のミスも、お前のハットトリックも、全部出来すぎてる!白状しろ!」


マサルは、汗を拭い、悪びれもせずにニヤリと笑った。

「フッ…ケンタ、全ては俺のシナリオ通りよ。彼らには、少しばかり『腸内環境の改善』が必要だったのさ。そして、俺という『絶対的エース』が、このチームを奇跡の勝利に導いた!これぞ、究極の自作自演…いや、セルフプロデュースだ!」

そして、マサルは、どこか遠い目をして続けた。

「それにしても、今日の俺、本当に凄かったよな?まるで、ボールが俺に吸い寄せられるみたいだったぜ!なんだよ、ちゃんとやればできるんじゃねーか、俺!」


そのあまりにも清々しい(そして全く反省の色がない)マサルの言葉に、ケンタは、これまでの怒りや呆れ、そして今日の試合の不可解さ、全てがどうでもよくなってしまったかのように、腹の底から笑いがこみ上げてきた。


「なんだよ!ちゃんとやればできるんじゃねーか!最初からそうしろよ!今までのは何だったんだよ、この大馬鹿野郎がぁっ!」


ケンタの、涙ながらの(笑いすぎて)ツッコミに、マサルは一瞬キョトンとした顔をしたが、やがて一緒になって、腹を抱えて大爆笑した。

「いやー、だってさ、そっちの方が絶対面白いだろ!?でも、たまにはこうやって、正々堂々(?)ヒーローになるのも、悪くないもんだな!」


夕陽が照らすグラウンドで、二人の笑い声がいつまでも響いていた。

マサルの「ミラクル・エナジー・ブーストX」の成分と、今日の試合のあまりの出来すぎた展開の真相は、永遠の謎として語り継がれることになるのかもしれない。


そして、マサルの伝説は、きっとこれからも、世界のどこかで、誰かの腹筋を崩壊させながら、続いていくのだろう。

…たぶん、ケンタの胃薬の消費量と共に。


(マサルとケンタの奇行譚・完)

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