第15話:静寂のトリックスターと出禁オブ・ザ・イヤー



:静寂のトリックスターと出禁オブ・ザ・イヤー


「おいマサル、その弓の持ち方、完全に釣り竿だぞ。あと、さっきから的じゃなくて、空の雲に向かって『神眼、開眼!雲散霧消!』とか叫んでるけど、一体何が見えてるんだ?」

「ケンタ、凡俗には理解できまい。我が『神眼』は、もはや物質的な的を捉える段階にはあらず。宇宙の真理、万物の霊気と交信するのだ!この弓は、そのためのアンテナよ!」

「アンテナにしては、弦がビヨンビヨンに伸びきってるけどな…」


「武を極めし者」を自称し、空手、柔道、テコンドーの各武道場(の片隅)で数々の「伝説」(という名の迷惑行為)を打ち立てたマサル。その奇行の数々は、瞬く間に地元の武道関係者の間で噂となり、「要注意人物マサル」「神眼の厄災」としてブラックリストの最上位に君臨していた。


だが、マサルの探求心(という名の暴走)は止まらない。今日、彼が目をつけたのは、市が主催する「市民弓道体験教室」。初心者歓迎、手ぶらでOKという謳い文句に、マサルは「これぞ、我が『神眼』の真価を、先入観なき大衆に示す好機!」と目を輝かせた。もちろん、過去の悪行は一切告げずに申し込んでいる。


体験教室当日。マサルは、なぜか自前の(そして手作りの、明らかにバランスの悪い)矢筒を背負い、弓道場の厳かな雰囲気をぶち壊すような派手な柄のTシャツ(「I AM SHINGAN MASTER」とプリントされている)の上に、無理やり弓道着の上衣だけを羽織っていた。その姿は、武道家というより、どこかのテーマパークに現れた不審なキャラクターだ。


指導員の丁寧な説明が続く中、マサルは一人だけソワソワしている。射法八節の説明では、

「足踏み!フンッ!」(なぜか四股を踏む)

「胴造り!ハッ!」(突然、ブリッジを始める)

「弓構え!イヤーッ!」(弓をヌンチャクのように振り回そうとして、指導員に止められる)

と、逐一奇声を上げ、意味不明な動きを繰り返す。他の参加者はドン引きし、指導員の額には青筋が浮かび始めている。


いよいよ、実際に矢を射る番。

マサルは、的をじっと睨みつけると、

「フム…この的、邪気を放っておるわ!我が『神眼』が、その邪気を浄化してくれる!」

と宣言。そして、弓を構え、矢を番え…たかと思うと、いきなり的の方向ではなく、真横にいた俺、ケンタに向かって弓を引き絞った!


「お、おいマサル!何する気だ!?」

「ケンタよ、お主の心の迷い、我が『神眼』にはお見通しだ!この一矢で、お主の煩悩を射抜いてくれよう!」

「いらんわそんなもん!やめろバカ!」

俺が悲鳴を上げるのと、マサルが「喰らえ!破邪顕正アロー!」と叫んで矢を放つのがほぼ同時だった。幸い、矢は俺の頭上を大きく逸れ、道場の壁に深々と突き刺さったが、肝を冷やした俺は腰を抜かしそうになった。


指導員が血相を変えて駆け寄る。「貴方!一体何を考えているんですか!危険極まりない!」

マサルは、悪びれもせず答える。「これは『人間的』です。機械的に的を射るだけでは、真の弓術とは言えません。人の心を見抜き、それを射抜くことこそ、我が『神眼』の目指す境地!」


その後も、マサルの奇行はエスカレートする。

「的が遠すぎる!これでは『神眼』の精密さが伝わらん!」と言い出し、勝手に的の目の前まで歩いて行き、弓の先端で的をツンツン突きながら「ここだ!ここを射るのだ!」と至近距離で矢を放とうとする(もちろん止められる)。


「弓は、射るだけが能ではない!この弾力、この張力!これを打撃に応用すれば、新たな武術が生まれる!」と、弓を棍棒のように振り回し、近くにあった巻藁(練習用の的)を滅多打ちにし始める。


しまいには、「真の『神眼』の使い手は、弓すら不要!」と言い放ち、矢筒から矢を数本掴み出すと、それをダーツのように的に向かって投げ始めた。

「見よ!我が指先から放たれる『神眼ニードル』!百発百中…とはいかんが、心意気は伝わるであろう!」

矢は、あらぬ方向に飛び交い、他の参加者たちは「危ない!」「キャー!」と逃げ惑う。弓道場は、一瞬にしてパニック状態に陥った。


ついに、我慢の限界を超えた指導員と、他の武道団体からも連絡を受けて駆けつけた各連盟の役員たちが、マサルを取り囲んだ。

「マサル君!君の行動は、弓道及び全ての武道への冒涜だ!」

「君のような人物に、二度と道場の敷居を跨がせるわけにはいかん!」

「全会一致で決定した!君には、この地域の全ての武道施設への『永久出禁』を言い渡す!そして、非公式ながら『出禁オブ・ザ・イヤー』の称号を授与しよう!」

ある役員が、半ばヤケクソ気味にそう宣言すると、なぜか周囲から乾いた拍手が起こった。


マサルは、その言葉を聞いても、全く動じる様子がない。むしろ、どこか誇らしげですらあった。

「フッ…出禁オブ・ザ・イヤー、か。悪くない響きだ。我が『神眼』の偉大さが、ついに公に認められたというわけだな。凡人どもには、この栄誉の重みは理解できまいがな!」


そして、マサルは俺の方を向き、ニヤリと笑った。

「ケンタ、聞いたか?俺はついに『イヤー』の称号を手に入れたぞ!これは、俺の伝説の新たな1ページだ!」

「お前…そのポジティブさだけは、本当に尊敬するよ…いろんな意味で…」俺は、もはや乾いた笑いを浮かべるしかなかった。


ロッカールーム(という名の道場の隅)で、荷物をまとめながら(強制的にまとめさせられながら)、マサルは全く懲りていない様子で言った。

「しかし、弓道も奥が深かったな。特に、あの弦の反発力…あれを応用すれば、人間パチンコ的な新競技が開発できるかもしれん…我が『神眼』は、常に次なるイノベーションを見据えているのだ!」


俺は、もう何も言わなかった。

ただ、マサルが「出禁オブ・ザ・イヤー」という、前代未聞の不名誉な称号を、本気で「栄誉」だと思い込んでいること。そして、その「神眼」が、次にどんな「イノベーション(という名の迷惑行為)」を生み出すのかを考えると、頭痛と胃痛が同時に襲ってくるのを感じるだけだった。


「永久出禁」…その言葉の重みを、マサルが本当に理解する日は来るのだろうか。

…たぶん、来ないだろうな。


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