おんなのかたち

田舎にある、父の実家の蔵が取り壊されることになった。

久々に戻ったその土地は、山と川に囲まれ、空気だけは澄んでいる。

けれど、子どものころから何か苦手な場所だった。理由はよく思い出せない。


蔵の中は、思っていたよりきれいで、埃もあまり積もっていなかった。

祖母の代から「開けるな」と言われていた大きな木箱が、床の間に置かれていた。

無数の細かいしめ縄で縛られ、蓋には赤い文字が書かれていた。


ふと、箱の奥に、小さな紙片が貼られているのを見つけた。

墨でこう書かれていた。


「みてはいけない。なかのかお。かたちがちがう」


ぞくりとした。

それは、「顔」ではなく、「形」と書かれていたからだ。


不思議なことに、夜になると、山の方からうねるような声が聞こえてくる。

まるで笑っているような、泣いているような、ヒトのようでヒトでない、うねり。


ある晩、眠れずに外へ出た。

すると畑の向こう、杉林の手前に、「なにか」が立っていた。


女のような髪。

白い服のようなものを身につけている。

けれど、妙に細長い。肩が、腕が、指が、まるで節のついたヘビのように揺れている。


見てはいけない。

そう思ったのに、視線を逸らせなかった。


次の瞬間、それが、こちらに向かってぐにゃりと首を折り曲げた。

顔――いや、「顔のようなもの」が、こちらを見た。


全身が凍りついた。


その夜から、夢の中で箱の蓋が開く。

毎晩、少しずつ。

縄が千切れ、蓋がずれていく。

そして、何かが這い出てくる。


今夜の夢で、とうとう箱が開いた。


中から出てきたのは、あの「女のようなもの」だった。

だがその顔は――母にそっくりだった。


いや、あれはきっと、母の“かたちをした何か”だったのだろう。

何故なら、母は十年前に、蔵の前で死んでいるのだから。


朝、目覚めると、蔵は取り壊されていた。

けれど、床の間には、あの箱があった。

誰も運び出していないはずなのに。


近づいて見ると、箱は空だった。


蓋の裏には、墨でこう書かれていた。


「うしろに いる」

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夜語(よがたり) ロロ @loolo

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