うつろの通路
終電を逃したある夜、会社帰りに酔いをさますため、ひと駅歩いて帰ることにした。
線路沿いを歩いていると、不思議なことに見たことのない小さなトンネルに出た。
古びた煉瓦のトンネル。入り口には錆びた標識が立っていて、かろうじて「保線通路」と読めた。
通り抜ければ近道になりそうだと思い、そのまま足を踏み入れた。
中は、異様に静かだった。
しんとした空気の中、足音だけが響く。
どこかで、小さな子どもが笑っているような声が聞こえた。
トンネルの中ほどで、突然視界が歪んだ。
気づくと、まったく知らないホームに立っていた。
古びた電光掲示板が、「ひとつめ」「ふたつめ」「みっつめ」とだけ表示していた。
列車が入ってきた。誰も乗っていない。
気づけば足が勝手に動き、車両へと吸い込まれていた。
車内は無人。ただ、天井のスピーカーから声が流れていた。
「つぎは、いちばんめのまち。おのれが何かを、わすれたばしょ」
「つぎは、にばんめのまち。おのれが誰かを、ころしたばしょ」
意味が分からず、慌てて降りようとしたが、ドアは開かない。
車窓の外は真っ暗。ときおり、歪んだ人の顔のようなものがガラスに映る。
車内の床に、影が差していた。
ひとつ、ふたつ、みっつ。
子どものような影が、無言でこちらを見つめていた。
「つぎは、さんばんめのまち。おのれが死ぬばしょ」
声がそう告げた瞬間、視界が白くなった。
――気づくと、会社のデスクで寝ていた。
夢だったのか。安堵して顔をあげると、同僚が一人、心配そうにこちらを見ていた。
「……大丈夫? なんか、さっきずっと寝言言ってたよ」
「寝言?」
「ああ……なんだったかな。『つぎは、しばんめのまち』とかって……」
その瞬間、頭の奥であの車内放送が鳴った。
「しばんめのまち。おのれの、すべてが消えるばしょ」
背中に、電車の走る音が迫ってきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます