第二章∶ネケンとの遭遇 第一節 可能性の探求
盛大な夏至の祭が終わり、翌日になると朝まで踊り続けた人々は夜まで姿を見せず、静かであった。少し湿った朝露が祭りのにおいを閉じ込めている。 幾人かの女は祭り会場を掃除し、犬とイノシシが集まり跡形もなく食べ物を食い尽くした。
犬達は満足げに骨をしゃぶり、イノシシは鼻を鳴らしながら地面を探し続ける。
そんな朝もやの中にバラカの姿があった。 会場を片付けていた女達は手を振り、気前よくそれに応えながら長老の家の前に来ると真剣な面持ちになり、中へ入る。
長老は焚き火の前でサクタラの呪術師と預言者と話をしていたが、バラカの姿を見て話を止めた。
「もう聞いとるじゃろうが…バラカ、お前にはヌエベへ行って交渉役となってもらいたいんじゃ。お前も知っておるじゃろうが、今、ナブタプラヤは危機の前触れにある。未来は変えられん。じゃが、このままという訳にはいかんのじゃ…」
「どうやら昨晩の啓示はナブタプラヤの行く先をはっきりさせたようだ。」
「お前は村にとって大切な若者じゃ。正直なところ、わしはこの判断が正しいのかどうか分からん。しかし、お前しかこの危機の前に立てる者はおらんのじゃ」
「わかった。今日にでもヌエベへ向かおう。」
バラカは全てを察知しているかのような目を長老に向けそう告げる。
「すまんな…なんとかヌエベの民を救う方法を考えてやってくれ…」
長老は伏し目がちにそう言った。そこに威厳は影を潜め、平和を切望する一人の老人の姿しかなかった。 そしてとうとう堪えきれず気持ちが口を突く。
「わしには分からんのじゃ…バラカ、お前ならこの状況をどうする?」
バラカは目を開き、まっすぐに長老を見据えた。
「未来が変えられないなら、せめて選ぶことはできるはず。」
長老は眉を上げ焚き火の揺らぎを見つめている。
「選ぶ、じゃと?」
「ヌエベはもう飲み込まれかけている。しかし、上エジプトがナブタプラヤ全体を完全に手中に収めるには時間がかかるはず。その時間を少しでも稼ぎたい。もしくは、何か別の道を見つける。」
長老は目を細めた。
「その可能性はどれほどある?」
バラカは薄く笑う。
「可能性は、探しに行くものだ。」
長老は静かに頷いた。
「ならば、お前に託そう。」
バラカは長老の家を出て自分の牛を引き連れると、湿地へ向かい雄牛十頭と雌牛五頭を選ぶと、その後村の倉庫から黒曜石の大きな袋十個をそれぞれ牛の背中に積み込み、ヌエベへと歩き出した。
カカセオは眠れずに炉に燃える炎を見続けていた。アナシラは葦のゴザに横たわりオリックスの夏毛にくるまって眠っている。 牛の足音が聞こえ、外に出ると丁度そこへバラカが牛を引き連れ現れた。
カカセオは何も言わずバラカを見つめる。 バラカはニヤリと笑顔だけを送る。 お互いに見つめ合ったまま浅く頷き、バラカは去っていった。 その後ろ姿をカカセオは遠く見えなくなるまで見つめ続けていた。
カカセオが何かを言おうとした気配を感じたが、言葉はなかった。 それでいい。言葉が必要なら、これまでの時間で交わしている。
牛の蹄の音が、湿った朝の土を踏む。
空気はひんやりとしていたが、バラカの背中には静かな炎が灯っていた。
「可能性は、探しに行くものだ。」
そう、バラカは探しに行くのだ。可能性を。
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