第一章∶九節 月夜の草原

祭りの熱狂は終わることはなく、人々は円形の囲いと踊りとを交互に繰り返し朝まで続く。


カカセオとアナシラは会場を抜け出し、草原で歩いていた。

満月は中天にかかり、照らされた草は乾いた風に揺れている。

アナシラは長い髪をかき上げて、風のにおいを嗅ぐように月を見上げた。

美しい横顔の輪郭と黒髪が白く光り、カカセオはしばし見とれていた。


「カカセオ、何かあったの?」


アナシラは優しく尋ねた。

カカセオは、はたと我に返り、首を振るった。


「そう、ならいいわ。」


反応をみて、一言だけそう言うと両手を広げて満月を仰いだ。

カカセオはアカシアの儀礼で見たものを、言葉にするのが怖かった。

未来が変えられないものだと知ってしまうのが、怖かった。


「私ね、時々同じ夢を見るの。」


「どんな?」


「ここから、ずっとずっと遠い、どこか分からない場所でカカセオが二人の男と出会って笑っているの。」


「そうか、ずっと遠い所か…」


「うん、なぜだか分からないけど、それはとっても大切な事の様に感じるのよ。」


カカセオの胸が小さくざわめいた。

アカシアの儀礼で見たもの。遠くへ渡る人々。蛇の島。

それらがアナシラの夢と、どこかで繋がっている気がした。


「大切?」


「あんまり聞かないで?私もそれが何なのか分からないんだから…」


アナシラは可憐に笑いながらカカセオを見つめた。

草原の風は二人の間を吹き抜け星空へ舞い上がっていった。


カカセオはそっとアナシラを抱き寄せ彼女の頭を胸に引き寄せた。

二人はしばらく、そうして立ち尽くす。



二人はそのまま白い満月になびく草原へ溶け込んでいった。


虫の声が軽やかに響く銀色の美しい夜だった。


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