第27話 その後 元王太子の思惑
私の名前はラナンという。ありがたくも王の息子という地位に生まれ、恵まれた暮らしをしてきたと理解しているし、それに見合う努力もしてきたと言えるだろう。
しかし、いくら王族とはいえ、強い権限を持つ貴族を蔑ろにはできない。それが公平を欠くことであっても飲まざるを得ないことは多々ある。
その最たるものがトッドリア侯爵家だった。私は正妃である母から生まれ、さらに弟も二人いる。母は男子を三人も産んだ……それなのにトッドリア侯爵は自らの妹を父の側妃へと推してきた。王である父と母はそれなりによい関係を築いていて、仲が悪いわけでもなく国のため協力して政治を行なっている。側妃が必要なことは今のところ何もないのに、かなり強引な形でトッドリア侯爵の妹は王宮に住み始めた。
この辺りから、かの侯爵は声を高らかに上げ始める。
対抗貴族の筆頭であるはずのウィンフィールド公爵の発言が弱いのも宜しくない。ウィンフィールド公爵は商売は相当手練れだが、政治的な発言はあまり得意ではない。奥方がご存命だった頃はまだ活発だったらしいが、儚くされてからは屋敷に篭りがちで、王宮にあまり顔を出さないのが更に宜しくない、つまりトッドリア侯爵を止めるものがほぼいないのだ。
さらに私の婚約者にトッドリア侯爵の娘を推してきたのは、ほとんどの貴族が呆れ返ったのではないだろうか? のらりくらりと交わしながら過ごしてきたけれど、そろそろ言い逃れができなくなってきた頃、息抜きにやってきた下町の酒場で声をかけられた時から、この計画が始まったといっても過言ではない。アネモネは私を利用したと申し訳なさそうに目を伏せることがあるが、むしろ彼女を利用したのは私の方だった。
「アネモネはマリクス夫人の訪問に気づかなかっただろうね?」
「ええ、ちょうどお茶会の日でようございました。あの無礼なダリアも目の前の利益に目が眩んでさっさと帰ったようですし」
「そうだね。あんな不快な女性をこれから一生アネモネに会わせるわけには行かないからな……それにしても私にまで色目を使ってくるとは思わなかった。私が「タネなし」という噂は聞いているはずだろうに」
「ダリアの夫も「タネなし」ですから、この際どうせなら金がある方へ乗り換えようという浅はかな魂胆でしょう」
「さもあらん」
執事と一緒に窓の外を見る。美しく手入れされた庭にはアネモネが高位貴族へ嫁いだ学園の友人達と優雅にお茶を楽しんでいる。彼女達の子供も一緒に来ていて、ディルフィルと仲良くブランコに乗っていた。一般的な貴族女性の優雅なお茶会の風景としてとても正しい姿だ。
学園でかなりの時間をナルクとダリアのせいで無駄にした、とアネモネは後悔していたが、「気がついた」後は公爵令嬢として恥じない学園生活を送ったと聞いている。その時に仲良くなった友人とこうして談笑しているのだ。
「酷いあだ名がまかり通っていた時はアネモネ様の方から皆様に連絡を取るのを控えておられました。」
「アネモネらしい配慮だ……その件に関しては早めに撤回させてあげられなかったな。アネモネには済まないことをした」
執事は黙って少しだけ笑みの形の顔を造った。はは、ウィンフィールド公爵家の使用人達からは相当責められているようだ、アネモネは屋敷の使用人達にも慕われているからな。とても素晴らしいことだ。
本当ならアネモネとナルクの婚約が解消されてすぐに私がアネモネへ婚約を申し込むつもりだったのに、トッドリア侯爵はその辺りの匙加減が上手い男だった。一瞬の隙をついて、娘のアイビーが私の婚約者に収まっていて、気がついた時にはもう婚約が確定していたのだから、舌を巻いた。流石に婚約者が確定してしまったのに、アネモネ嬢に話を持っていくのはあまりに不義理と機会をうかがっていたら、まさか向こうから罪を犯してくれたとは。神とは存在するものだなと、感謝を捧げたものだ。
「あの……ラナン様、一つだけ聞いて宜しいでしょうか」
「なんだい?」
「あなたはその……本当に「たねナシ」だったのでしょうか。アイビー・トッドリアが子を孕まぬように細工をし、世間の噂が収まったこの時期に都合よくアネモネ様が妊娠するなど……少し出来過ぎているのではありませんか?」
「まあ……想像に任せるよ」
ただ、私の主治医は長く王家に仕えていてとても口が堅い信用のできる男だから彼から話は聞けないと思うけれどね。
あまりに長くアネモネを見つめていたせいかディルフィルが気が付いたらしく、こちらに向かって笑顔で両手を振っている。友達になったのだろう、子供達が全員で手を振っているのが微笑ましい。私も手を振り笑顔を返す。
「これは少しお茶会に顔を出してこようかな」
「ディルフィル様の大好物の真ん中に飴の乗ったクッキーを焼かせております。メイドに運ばせましょう」
「ああ、頼むよ。それとナルクとダリアの方は最後まできっちりね」
「心得ましてございます」
腕の良い諜報員を何名か雇ってある。ほとんどの者は王太子時代から懇意にしていた者達だ、信頼もおける。彼らにナルクとダリアの動向を見張らせているが、きっとこちらが想定した動きしかしないだろう。
「是非とも彼らには後程色々教えてやりたいね。アネモネは幸せで充実した毎日を過ごしているとか、「たねなし」は健康的な生活をしていれば回復するとか」
「泣いて悔しがるでしょうなぁ……そんなことを知ればあの男ならば女性との遊びも増えそうですな」
「悔しがる顔を見てみたい気もするが、そんな悪趣味なことをしているとアネモネに知られたら幻滅されてしまうかもしれない。それだけは避けたいな」
「賢明なご判断と存じます」
それに真実を知る者がいなくなれば何かと都合が良い。
「家の都合で引き裂かれた恋人が真実の愛を貫いた。歌劇も吟遊詩人も好みそうな話が真実より真実味を帯びて人の心に染み込めばそちらが真実になる」
執事はこれには満足そうに静かに微笑む。それにアネモネの本当の友達はその辺りも非常に協力的で、この私とアネモネに都合のいい作り話はどんどん真実として広がるだろう。そしてあばずれなどと呼ばれた公爵令嬢の存在は人々の記憶から消え、一人を一途に想う儚くも芯の強い令嬢の話が残る。
「真実の愛を貫き王座を捨てた王太子と真実、愛した人の子供を一人で産み育てた可憐な令嬢……民衆も大好きな話だろう? まあ王位よりこちらの生活の方が楽しそうだと思っただけなのだけどね」
「聞かなかったことにしておきます」
有能な執事だな。ひらりと手を振って庭へ向かう。賢くて強くて少しだけ暴走癖のある可愛い私の妻の元へ向かい、彼女の友達からも良い評判を得ておかねばならないからね。私ももう捕まえた幸せは逃すつもりはない。
終
やり直した令嬢は幸せを摑まえる。あばずれ?言いたければ言わせておけばよいのです。 鏑木うりこ @uriko333
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