第1話 新年祭
砂のにおいがする風がさっと通りを吹き抜けて、目もあやな人々の衣を揺らした。市場には人が行き交い、祝福の言葉を交わしている。風が吹くたびにスパイスの豊かな香りが立ち上り、弦や太鼓の音色がかすかに聴こえてくる。新たな年を迎える祝祭の日である。
「すごいなあ……」
風の国ヴァーナ・中心都市ザハルナアンナのある屋敷にて。従者の少年ウリンは、屋敷の窓から花やいだ町を眺め下ろして、好奇心に目を輝かせた。これほど盛大に行われる祝祭を初めて見たのだ。
屋敷前の目抜通りには、特別な衣に身を包んだ人々やロバが引く荷車、塩や水を頭に載せて運ぶ行商人など、多くの人がひっきりなしに通る。建物と建物の間にはロープが渡され、そこにいくつも吊るされた鮮やかな染色のリネンが、旗のように
市場を通り抜けた風は、屋敷の外壁を駆け上がり、新緑の色をしたウリンの髪と、健康的な褐色の肌とを撫でた。彼は窓辺に頬杖をついて、浮き立つ目で町をじっと観察する。いつまでも見ていられるくらい、美しい光景だと思った。
「――今年の新年祭はすごい活気だね。お父様も張り切っていらしたの」
「ダァーリャ?」
背後から声が聞こえて、ウリンは振り返る。部屋の入り口に、いつの間にか華奢な少女が立っていた。豊かな茶色の髪は丁寧に編み込まれ、紫が目に鮮やかな
彼女はダァーリャといって、この家の一人娘だった。従者のウリンが仕える主人でもあるのだが、二人は共に育ったので、どちらかというと幼なじみのような
「ダァーリャ、着替えは終わったの?」
「今やっとね。もう、時間がかかって大変だった。肩がこっちゃう」
うんざり顔でぼやいた彼女は、小さく肩を回してウリンの隣に立ち、ぐんと窓から身を乗り出した。ウリンはぎょっとして、その細い腕をつかむ。
「危ないよ、落ちたら大変!」
「あなたが押したりしない限りは、落ちたりしないから安心して。ウリンったら心配性なんだから。お父様みたい」
少女は窓のへりに
それほど病弱だというのに、本人は無鉄砲で好奇心
「そのアビヤ……」
風に翻った彼女の外衣を改めて見て、ウリンは瞬いた。ロイヤルパープルの光沢ある布地に、散りばめられた金糸の刺繍が見事としか言いようがない。肩口から割れた外衣の中には、これまた上質なローブがのぞいている。
この長袖のローブをシャチルといい、上から羽織っているフードがついた外衣を、アビヤという。強烈な日差しから肌を守るため、一般的に人々は布で手足や頭を覆っている。晴れた日には長袖を身につけなければ外に出られないほど、この地域では日差しが厳しいのだ。
「これはお母様の形見。お母様が守ってくださるから、今日一日は着ていなさいって、お父様がね。でもね、初めて着たけど、ちょっと派手じゃないかなと思うの」
「そうかな? 新年祭の日なんだから、それくらい派手なくらいが丁度いいと思うけど……。見て、みんなすごく色鮮やかな服を着ているよ」
道行く人々は、みなダァーリャのように強い色彩の衣服をまとっている。この辺りに住居を構えているのは、一等市民以上の高貴な者ばかりであるから、特別豪華な衣ばかりなのがここからでも見て取れ、川を流れゆく色とりどりの花の如くである。この中で普段着のように落ち着いた服を着れば、かえって浮いてしまう。
「そうだね、ちょっと安心。小さい頃にお母様が着ていたのは見たことがあったんだけど、いざ自分が着てみると、ちょっと豪華すぎやしないかって思ってたの。みんな気合いが入っているんだね」
「その、よく似合ってると思うよ」
「ありがと」
「そのアビヤは、ダァーリャのものになるんだね」
「私が成人するまでは、お父様が預かっておくようだけど、そうだね。まあ、着る機会なんて滅多にないし、その方が良いのかも」
ダァーリャが着ているアビヤは普段着ではなく、祝祭などの特別な日のみまとう、いわば晴れ着である。先祖代々、特別な意味を込めた刺繍を加えては、次の世代に受け継いできた家宝とも言えるものだ。ダァーリャが着ているのは、母方の家系で受け継いできたものだろう。
本来の持ち主であるダァーリャの母は、彼女が幼い頃に亡くなっている。だからダァーリャが受け継ぐはずなのだが、成人するまでは父親のサンガが預かるつもりのようだ。ダァーリャは今年で十三歳。この国の成人年齢は十五歳なので、あと二年だ。
「お母様にも見せたかったな。私がこれを着ているのを。きっと喜んでくださったはず……」
目を伏せたダァーリャは、刺繍が輝く裾に目を落としてつぶやいた。アビヤを着たダァーリャは、いつもより大人びて見えた。焦茶色の髪には
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