翠風のウリン

天瑶

風向、変ず

第0話 懐旧


 世界には最初に、混沌があった。その中で二柱の神々、大地シーブと天空アセマーンは混ざり合っていた。この二柱の神々から、神々が生まれた。初めに太陽が、次に月が生まれ、知恵、時、火と続いた。


 父神は子らの誕生を言祝ことほぎ、母神はそれぞれに名を与えた。祝福と名は文字となって、神々の玉体に刻まれた。……

 

 

 朝日が差す厳粛な神々の間にて、豪華絢爛ごうかけんらんな衣をまとった男が、神話の一節を表したレリーフを見上げている。男の上質な衣服には色鮮やかな刺繍ししゅうが施されており、その身分の高さがうかがえる。耳や腕に光る金銀細工が華やかで、一度見たら忘れられぬほどに美しい。


 鳥のさえずりや街の喧騒けんそうを遠くに聞き、男はレリーフの前に長いことたたずんでいた。その目には神々への祈りも畏敬いけいの念もなく、ただ静かな意志を張り詰めさせている。


 程なくして足音が聞こえ、侍従じじゅうが姿を見せた。無駄のない所作で礼をとる。


「お支度整いましてございまする」

「そうか。では行こう」


 男はレリーフに背を向け、王の間に向かって歩き出す。吹き入れるみどりの風が神々の間に満ち、揺れた男の耳飾りが、朝日に鋭い光を弾いた。彼は風に導かれるように、その黄昏たそがれのような金眼を、そっと窓外に向ける。


 王宮の外は、地平線までみなぎり渡るかと思われるほどに、生気が横溢おういつしていた。神殿の白い建造物群が淡く輝き、その向こうにひしめき合う日干し煉瓦れんがの建物が、この王宮を中心として、見渡す限りに広がっている。


 ヤシの木々や美しい紋様のシェードが風にそよぎ、その下では人々が市場を忙しなく行き交っている。露店には焼きたてのパンや瑞々しい果物が、今まさに並べられているところだった。光沢あるサテンが風に揺れ、豊かなスパイスの香りが、街に満ちている。


 風の国ヴァーナ――風神の加護のもとにて栄えた国である。

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