第6話 「それ、すごい」って初めて言われた

朝、スマホの通知音が鳴った。


「ON AIR MIRROR から通知:あなたの動画に新しいコメントがあります」


寝ぼけ眼のままスマホを開いて、セリナは固まった。


再生数:1,276回

♡ いいね:154

コメント数:9


“え……うそ”


自分が昨夜投稿した、あの洗濯物の干し方動画。

誰にも見られずに埋もれると思っていたそれが、まさか、千回以上も再生されていたなんて。


恐る恐る、コメント欄を開く。


👤@kurashi_daisuki

え!? この干し方すごい!明日から真似します!


👤@nonbiriko

蛇腹干し……知らなかった。確かに乾きそう!ありがとう!


👤@tokidoki_souji

静かな声が落ち着く。もっと見たいです。


「……え?」


セリナは一言も出せなかった。

その代わり、心の奥にあった、何かガチガチに固まっていたものが、音もなくほどけていくのを感じた。


「すごい」

「ありがとう」

「真似します」


その言葉たちは、彼女にとって魔法の呪文だった。


なぜなら――家の中では、一度も言われたことがなかったから。


ごはんを作っても、「これ味うすくない?」

掃除をしても、「気づかなかった」

洗濯を干しても、「乾いてないじゃん」


努力を重ねるほど、存在が“透明”になっていくようだったのに。


画面の向こうの、名前も顔も知らない誰かが、

たった一言で、彼女の存在に“色”をつけてくれた。


台所でフライパンを温めながら、セリナはスマホを手にもう一度コメントを見返した。

火がフッと強くなり、パチパチと音が跳ねる。


その音にかき消されそうになりながらも、

胸の中で何かが確かに“あったまっている”のがわかる。


それは、自分の声が届いたという確信。

“わたしはここにいる”と、誰かが認めてくれた感覚だった。


夕方、義姉に頼まれて夕食の買い出しに出た帰り道、セリナはふと空を見上げた。


青い空に雲が流れていて、どこかへつながっているように見えた。


スマホの中の世界も、雲みたいに広くてつかめないけど、

ちゃんと“風”があるんだと思った。


ちゃんと、誰かのもとに届いてるんだ。


夜。

洗濯機を回している間、ふと次の配信内容を考えている自分がいた。


「今度は……靴下の干し方とか、まとめてみようかな」


誰かに見られるためじゃない。

誰かを驚かせるためでもない。


ただ――誰かに「届く」ことの喜びを、もう一度感じたかった。


🧹つぶやきメモ

“すごい”って言葉は、魔法だった。


だって、わたしはずっと、“ただそこにいるだけの存在”だったから。


✅次回予告(第7話:家事は、誰かの心を軽くする魔法かも)

コメント欄に「助かった」「今日も疲れてたけど元気出た」の声。

セリナは、家事の中にあった“癒やし”の力に気づき始める。

“掃除する”という行為が、心を整えることにつながっていると知ったとき――、彼女の中にひとつの「魔法」が芽生える。

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『#お掃除シンデレラは、今日もいいねをひとつ拾う』 Algo Lighter アルゴライター @Algo_Lighter

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