📱第2章:スマホと、魔法のような声
第5話 洗濯物は、干し方で変わる
夜のベランダ。
乾ききっていない洗濯物が、冷たい風にゆらゆらと揺れている。
「……ああ、また失敗したかも」
セリナは濡れたタオルの端を指でつまんで、静かにため息をついた。
干し方を間違えると、いつまでも水気が残って、生乾きの臭いになる。
でも、義姉たちはそれを“セリナのせい”にする。
「干す時、ちゃんと広げてないんじゃない?」
「これ、もっと早く乾く方法ないの?」
その言葉を思い出すたびに、胸がちくりと痛んだ。
自分の部屋に戻ると、ベッドの上にスマホがぽつんと転がっていた。
画面には、前に義姉が入れてくれた“配信アプリ”のアイコン。
「見るだけでも楽しいからさ、入れときなよー」
そう言われてなんとなく入れてみたけれど、使ったことはなかった。
セリナは無意識にそのアプリを開いていた。
画面には、誰かが夜ご飯のレシピを紹介しているライブが映っていた。
「こうやってね、お肉の焼き目をちょっと焦がすと、香ばしさが出るんです」
笑いながら話すその人の顔が、キラキラして見えた。
“わたしも……何か、話してみたいのかな”
そんな気持ちが、ふと胸の奥から浮かび上がった。
「でも、話すことなんて……」
そう呟いて、視線を落とす。
けれど次の瞬間、ベランダに揺れていたタオルのことを思い出した。
「あの干し方、たしかに早く乾くよな……」
それは、いつも自分が当たり前のようにやっていること。
タオルを蛇腹にたたむように干せば、風が通りやすくなって、乾きが早い。
ピンチハンガーを斜めに使うと、重さで均等に乾く。
“これって、もしかして、誰かの役に立つのかな?”
深夜0時。
誰もいない自室で、セリナはスマホを三脚代わりに立てたクッションに立てかけた。
「……えっと、こんばんは」
思ったよりも声が小さくて、自分でもびっくりする。
でも、カメラの向こう側に誰かがいる“つもり”になったら、不思議と少しだけ言葉が出てきた。
「今日は、洗濯物の干し方について、ちょっとだけ……」
手元を映して、タオルの畳み方や、ピンチの位置のコツを説明する。
編集なんてできないから、そのまま素の声で、つっかえながらも話す。
「これ、私はいつもやってる方法なんですけど、風の通りがよくなって、結構早く乾くんです。
よかったら、試してみてください……」
録画を終えたセリナは、しばらくスマホを見つめていた。
「……誰も見ないかもな」
でも、どこかで小さく期待している自分がいた。
投稿ボタンを押す。
画面に「動画がアップされました」の文字が浮かび上がる。
その瞬間、
心の中で何かが「ふっ」と軽くなった気がした。
それは、ずっと自分の中に詰まっていた“誰にも届かない知恵”や“言葉にならなかった気持ち”が、
初めて“誰かに届くかもしれない”という可能性に触れたからだった。
🧹つぶやきメモ
わたしは、ただ洗濯物を干してただけ。<br> でも、それが誰かの暮らしを変えるかもしれないなんて、<br> 今日の朝までは、思ってもいなかった。
✅次回予告(第6話:「それ、すごい」って初めて言われた)
翌朝、通知が鳴る。
再生数が少しずつ伸び、コメントが届き始める。
“ありがとう”“真似してみた”という言葉が、セリナの中で新しい光になる――
“わたしの声”が、“誰かの毎日”を変えるなんて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます