第17話【世界は死に行くとも】
鐘が鳴る。
幾度か音が重なると聖堂が開き、メンルーゲが中から出てきた。
すぐに三人の姿を見つけると、彼は嬉しそうにやって来る。
「メンルーゲ」
同じように嬉しそうに駆け寄ってきたマーラの身体を、メンルーゲは大切に抱き留めた。
「マーラ。元気そうですね」
「貴方も元気そうで良かった」
「ええ、元気ですよ。ブランゼルの森で第二兵団に囲まれた時は、さすがにもう死んだと思いましたが、凄まじい大雨が四日間降り続いて馬が森に入れなかったのです。彼らが足止めされている間に私は森から逃れ、北に逃げられました」
「あんたまだそんな神話みてぇな理由で逃げおおせてんのか。呆れた奴だ」
ギルノが吹き出して笑ってる。
「今回はわざわざありがとうございます。しかし、よろしいのですか? 貴方が私の護衛などして……」
「いいのよ。私達も丁度メイディーンに行く用があったから、ついでなの。気にしないで。久しぶりに積もる話もしたいし」
「リハルト・アーチボルトに会ったのですね。彼が貴方がたに協力したのは意外でした。彼は確かに数多くのレジスタンスを支援していたと言われていますが、あくまでも自分の名は表立って出ないようにかなり気を遣っていたはず。貴方は今や、反帝都勢力の筆頭ですよ、マーラ。その貴方を公に支持するとは、正直驚きました」
「でもメイディーンが味方に付いてくれたのは、とても大きいわ。海路が使えるのが何よりも。色々と、今後のことを話して来たところ。貴方にも聞いてほしいわ。それに、リハルトも貴方に会いたがっていた」
「とりあえず立ち話でもなんだ、宿に行こうぜ」
ギルノが促す。
「ライ。久しぶりですね」
マーラの後ろに変わらず立っていた姿に、メンルーゲは顔を綻ばせた。
「お久しぶりです」
二人は固く握手を交わす。
「聞きました。レジスタンスに、正式に参加することにしたそうですね」
「はい」
「貴方はきっとそうしてくれると、私は最初から信じていましたよ」
ライも小さく笑みを返した。
「どうかこれからもマーラの側で、彼女を支えて下さい」
「ええ。俺はその為にここにいるんです」
迷いなく、彼は言った。
メンルーゲは力強く頷いた。
「そうでしたね」
ライは歩き出す。
彼の周囲にメンルーゲは前回、彼と会った時にはあまり感じなかったものを感じた。
上手く言葉で表現出来ないが、落ち着きのようなもので明らかに以前より強く、魔力を感じた。魔力の印象は鮮やかになったが、彼の雰囲気に完全に調和していて穏やかな印象に変わっている。
恐らくレジスタンスの活動の中で、以前より魔力を使うようになったのだろう。
だがそれを完全に自分の中で馴染ませ、唐突なものにさせていない。
魔力は、精霊を集める花の蜜のようなものなので魔力の気配を追うと、普段その人がどのように魔力を使っているかさえ、分かることがあるのだ。
ライは剣士のはずだが彼の纏う魔力はきちんと統率され、静かにそこにあり、呼ばれるのを待っているようだった。
ライは確かまだ二十歳前後だったのではないか。
思い出して、メンルーゲは思わず深い溜息を付いた。
マーラもそんな歳だ。
この世には本当に非凡な人間がいる。
その彼らが帝都アヴァロンとその軍を率いる古代種の悪魔達と、正面から戦おうとしている。
(神は一体どちらを生かすのか)
「おう、どうした? 有り難そうに立ち止まって眺めて」
「いえ……ライは意外な空気を纏うようになって来ましたね」
ギルノは二回りも年の離れた友の肩に腕を回して、小声で返す。
「野暮なこと言うなって……男は恋をすると変わるんだよ」
「ほう。恋ですか」
「お前さんから見て、あの二人どう思う?」
「いいですねぇ。初々しくて」
「俺の勘じゃ、もうライの野郎告ってんじゃねえかって思うんだよな。つーかレジスタンスの全メンバーににあいつがマーラに惚れてんのはもうバレてんだけどよ」
メンルーゲが笑っている。
「いいじゃないですか。恋くらい、二人のペースでさせてあげましょう。ただでさえ彼らは自分の人生を、自分の望む速さでは歩めないのですから」
前方にいるマーラとライを見つめる。
あれから二年経った。
帝都軍の侵攻は更に進み、まともな抵抗を続けているのはネスタ王国とシャンダール王国の二国だけであり、四体の悪魔が指揮する帝都軍は大陸全土を蹂躙するように行軍を続けている。
その中でメンルーゲも幾度も命を脅かされながら、それでも色々な地へ赴き、ある時不意にその地の人々の会話の中に、その名を聞くことがあった。
『マーラという女の指揮官に率いられてるレジスタンスは、各地に展開してまだ抵抗を続けているらしい……』
共に戦いたいならそこに行こうと絶望の中でも光を失わない人々が、彼女の名前を呼んでいる。
側に強力な魔法を操る魔法剣士が控えていて、光輝く剣でマーラを守っているんだよ、と母親が子供に聞かせているのも聞いた。
自分が諭す必要も無くマーラの名前は各地に残照を残し、勇気を持つ人々は、自分の意志で彼女の元へ向かおうとしている。
当然これだけ名を知られるようになっているのだから、マーラは帝都軍に激しい追撃を受けている。自分などとは比べものにならないだろう。
だが、久しぶりに会ったマーラは以前と全く変わらない明るさと、覇気を感じた。
疲れ切っていててもおかしくないほどなのにむしろ、以前よりも輝きが増しているようにすら感じられる。
メンルーゲは嬉しかった。
「おっ。さすがに大司教殿は言うこと違うねぇ! でさ、あの二人もうキスはしてっかな?」
ギルノも以前は一カ所に留まるということをしない男だったのに、こうしてマーラの側で再会出来た。相変わらずの性格だが、多分彼は失われたものの代わりにマーラやライと共に生きていくことを決めたのだと思う。
一度選び取ったら、元々強い意志の男だ。
彼もマーラを守る強い力になってくれるだろう。
「ギルノ」
「ん?」
「貴方も、楽しそうですね。良かった」
ギルノの背を撫でる。
黒目を瞬かせて、へへっ、彼は笑った。
「まあな。今は一人じゃねぇからよ」
退屈する暇もねーんだわ。
ギルノは嬉しそうに、そんな風に返した。
【終】
マーラと翼を持つ者 七海ポルカ @reeeeeen13
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