第16話【結ばれる宿縁】

 


「ネスタ王国領に入ったら、巡礼団と合流します。彼らとクレメンティンに向かいます」


 御者が声を掛けた。

 荷馬車にライとマーラは乗り込んだ。馬が動き出す。

 車輪の音が響いた。

 マーラはそこにあった木箱に背を預け、じっと何かを考えているようだった。


「マーラ」


 ライは彼女を呼んだ。

「なに?」

 少し遅れて、彼女はライの方を見る。

 ライは手を伸ばした。


 左手が彼女に触れる時、少しだけ震えた。

 一瞬瞳を伏せたが彼は薄青の瞳をすぐ上げて、左手で彼女の右手を取った。


「お願いがある」


 碧の瞳が瞬く。


「制御ピアスは付け直してほしい。君が……力を望む気持ちは分かる。自分の為に外したんじゃないことも……分かる。でも君はそこに使える魔力があれば、どんなに普段禁じても目の前の誰かに苦境が及んだら、必ず使ってしまうだろ」


 ライは力を込めて、彼女の手を握り締める。


「君を非難してるんじゃない。迷わずそう出来る君が、俺は、……好きだ」


 瞳を逸らし、手を外した。

「でも君を危険に、晒し続けたくない」

 轍は穏やかに、走り続ける。


「……分かったわ。ライ。貴方の言う通りにする」


 ライはマーラをもう一度見た。

 彼女は優しく微笑んでいた。


「心配してくれて、ありがとう」


 そう言ってから、マーラは荷馬車の幌を少し開いた。




 草原が広がっている。

 風が吹き込み、彼女の髪を揺らした。

 優しげな女の頬の輪郭が、温かい太陽の光に照らされて、柔らかく溶けて見えた。

 彼女がそっちを見ていて良かった。

 自分の赤面した顔を見られなくて済んだ。

 ライは反対側を向き、深く息をついた。


「……いいよ」


 突然言ったライに、マーラが振り返った。


「? なにが?」


 ライは面白くなさそうに荷馬車の中で足を投げ出す。

 あからさまに寝転がって、拗ねたように向こうを向いた。


「……君の考えてること、分かるんだ。――あいつ、連れ帰りたいんだろ」


 マーラは驚いた。

 それは彼女の中で、曖昧な想いだったのだ。

 急ぐことはないとは思ったけど惜しいとも思っていた。

 しかし色々あった今回の行程の中でこれ以上ライに負担を掛けるのも忍びなく、メンルーゲがいれば、またいつか会うこともあるだろうとそんな風に思い、敢えてもう考えないようにしていたことだったから。


 思いがけない所を指摘されて少し動揺したが、

 何よりも……ライがそれを感じ取り理解してくれていたことが、彼女は嬉しかった。

 彼は本当に賢い青年なのだ。


 ――そして、愛情深い。


 肩越しに振り返ったライは嬉しそうなマーラの表情に、そんなにあいつを気に入ったのかと、こんな所はまだまだ未熟で的外れな指摘をして来たのだが、彼のその様子はもはや彼女を微笑ませるだけだった。


 彼女はよく通る声で馬車を止め、ズィーレンに戻るよう、頼んでいた。




   ◇   ◇   ◇




 ズィーレンの大神殿。

 庭の池のほとりでは、メンルーゲとギルノがまだ立ち話をしていた。

 これからどうするつもりなのか……少し湿っぽい雰囲気で、彼らは話していたが、そこへ突然声がした。


「ギルノ!」

 

 巡礼服姿で元気いっぱいに駆けて来るその彼女の姿に、二人の男は驚いた顔を見せたが、メンルーゲはすぐにくすくすと笑い「呼ばれてますよ」と友の身体を肘で小突いた。

 もう一度大声で呼ばれたギルノは「犬じゃねえんだから、なぁ?」などと苦笑しながらも、嬉しそうだった。



「ギルノ!」



 駆けて来たマーラは勢いのまま、身長差のあるギルノの首に飛びついた。


「一緒に来てほしい!」

「へへっ……」


 彼はくすぐったそうに鼻の頭を掻いて、メンルーゲを振り返った。


「お迎えが来たみたいだから、行くぜ」

「はい。マーラを頼みましたよ、ギルノ」


 おう、と彼はマーラを抱え上げたまま、また新たに旅立って行った。



  

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