第2話

「……ん、ふ……あっ……や……ぁ……」


 唇はもう、何度重なったか分からない。


 葵の舌が絡むたび、頭がふわふわして、体が勝手に反応してしまう。

 シーツの上で仰向けにされて、上から覗き込む葵の顔が、すごく綺麗だった。


「ふふ……結衣、気持ちよくなってきた?」

「な、なってないし……っ、こんなの、ずる……」

「え、ずるい? どこが?」


 とぼけた顔で、いたずらっぽく笑う葵。


 それがまたずるい。ずるいくらい、可愛くて、綺麗で、甘くて。

 そんな笑顔で見つめられたら、どうしたって抗えない。


「元はと言えば、結衣が私のタルト勝手に食べたのが悪いんでしょ?だからこれは――お仕置き」

「おしおき……って、こんな……んっ!」


 再び唇がふさがれて、言葉が飲み込まれる。


 でも、拒否なんてできない。

 葵のキスはあまりにも優しくて、心地よくて、私を溶かしてしまうから。


 舌と舌が絡み、唾液の音がいやらしく響く。


 さっきまで口の中に残っていたチョコタルトの甘さは、いつの間にかすっかり消えていて。

 今、私の舌に広がっているのは――葵の甘さ。

 キスのたびに溶けていくみたいに、やわらかくて、熱くて、蕩けそうな味。


「ちゅ、っ……ん、ぁ、あっ……」

「ね、結衣。もっと気持ちよくなること、してあげよっか」

「へっ……?」


 何を言ってるのか理解する前に、葵の手が私の制服のボタンをそっと外し始めた。


「え、ちょ……ま、待って……葵っ」

「大丈夫。痛いことはしないよ」


 そう言って、すでに脱がされかけたブラウスの中に、葵の指がするりと滑り込む。


「ん……あっ……だめ……っ」

「だめ? ほんとに?」

「ち、違っ……気持ち、いいけど……!」


 正直に言っちゃった。言わされちゃった。

 葵の指が私の胸を撫でるたび、びくびくって身体が跳ねてしまう。


「結衣、ほんとに可愛い。全部、私だけに見せてほしいな」


 耳元でささやかれたその声に、心まで痺れた。


「……ふ、ぁ……ん……んんっ……」


 胸元をなぞる葵の指先と、繰り返されるキス。

 そのどちらもが熱くて、甘くて、体の奥がじんわりと痺れるように疼く。


「結衣……ここ、さっきより敏感になってる。ね、気持ちいい?」

「や……ぁ……っ、もう……わかん、ない……」


 口にする言葉さえ、自分で理解できない。

 

 思考がぼやけて、葵の指と唇だけが現実みたいに感じてしまう。

 何回もキスされた。舌を絡められて、喉の奥まで柔らかく押し込まれて。


「あむ、んっ……ちゅ、くちゅ……ふ……ぅ……」


 声を漏らすことにも、抵抗がなくなっていた。

 それどころか、もっと――もっとキスしてほしいって、奥の方で願ってる。


(どうして……こんな、ふうに……)


 目の前の葵が、笑ってる。

 優しくて、でもどこか挑発的で、すべてを知ってるような目。


「今度のは、もっと深いの。……受け止めてくれる?」

「……ふ、ぁ……うん……葵の……して……」


 曖昧に、ふわふわと返事してしまう自分がいた。

 葵の顔が近づいて、またキス。

 それも、今までよりもっと深くて、ねっとりとしていて、長い。


「ちゅ、ん……ちゅぱ……んぅっ……ふ……あ、んん……っ」


 頭の奥で何かがじわっと溶けて、身体が葵の手に溶け込んでいく。

 肩越しに、着ていた服が落ちていくのも気にならない。


「ねえ、結衣」

「……ん……なぁに……」


 もう、葵の声しか聞こえない。


「これ、ほんとに……していい?」

「……なにを……?」

「ぜんぶ。もっと、結衣のこと知りたいから」

「……ん……葵がしたいなら……」


 そう言ってしまった。自分の口から出た言葉が、信じられないくらい甘くて、蕩けていて。

 葵が優しく笑って、私の手を取る。


「ありがと、結衣。じゃあ……するね?」


 ――そして私は、また深く、葵にキスされて。


 今度は時間も感覚も、すべてが曖昧になっていった。




────

 



 どれくらいの時間が経ったのか分からない。

 気がつけば、服はすっかり脱がされていて。

 触れ合う肌がぴたりと重なって、ぬくもりがじんわりと伝わってくる。


「……ん……っ、ふぁ……あ、ぉ……」


 何度目か分からないキスのあと、葵の唇がふっと離れる。

 その一瞬の隙間が寂しくて、私は自然とその顔を追いかけてしまっていた。


「……あれ、まだ欲しいの?」

「……わかんない……でも……さみしい……」


 自分で言って、ちょっと恥ずかしくなった。でも、もう止められなかった。

 頭がぽやぽやしていて、理性なんてどこかに置いてきたみたいで。


「ふふっ、じゃあ……いっぱいキス、してあげる」

「ん、……して……葵のキス、すき……」


 そう呟いた瞬間、また葵が唇を重ねてくれた。


 深く、優しく、でもしっかりと欲を伝えるようなキス。

 舌がそっと入り込んできて、絡み合い、唾液の混ざる音が耳の奥まで届く。


「ちゅ、ん……ちゅっ、ふ、……んん……」


 キスだけでこんなにも心が満たされるなんて、知らなかった。

 胸の奥が、葵でいっぱいになっていく。


(……もう、だめ……これ以上……)


 とろとろになった頭でそう思いながらも、葵の舌を受け入れてしまう自分がいた。


「結衣……今の顔、ほんと可愛い」

「ふぁ……? そ、そんなこと……ない……よ……」

「ある。すっごく可愛い。だから、こんなに好きになっちゃった」

「すき……?」

「うん。好きだよ、結衣。最初から。……ねえ、結衣」


 葵が私の頬に手を添えて、目を覗き込んでくる。

 その瞳がまっすぐで、でもどこまでも甘くて、優しくて。


「……付き合ってくれる?」

「……え、え……つき……あう、って……」

「恋人になるってこと。キスも、抱きしめるのも、全部……私とだけ」


 私とだけ。

 その言葉に、胸がキュッとなった。


「……わ、たし……そんな、ちゃんと……できるかな……」

「できるよ。今、こんなに可愛く蕩けてくれてるもん」


 葵がふわっと笑って、私のおでこに、ちゅっと軽くキスをくれる。


「だいじょうぶ。ゆっくりでいいから、私のこと、好きになってくれたらいい」

「……もう……すき……かも……」


 ぽつんと漏らしたその一言に、葵の目が少し潤んで見えた。


「じゃあ、もう一回……ちゃんと、お願いしていい?」

「……ん……っ、うん」


 顔を少しだけ上げて、頬まで赤くなってる私を、葵が優しく包むように抱きしめて――


「結衣、私と……付き合って」

「……うん……つきあ、う……」


 そう答えた瞬間、今までで一番甘く、深いキスが落ちてきた。


「ちゅ……んっ、んんぅ……っ、ふ……ぅ……」


 これが“恋人のキス”なんだって思ったら、心まで蕩けて、全身が温かくなった。


 ――それは、まるで夢の中みたいな、甘くて甘くて、溶けてしまいそうな夜だった。





 ────





「……ん……ふぁ……」


 薄く光が差し込むカーテン越しの朝。

 ゆっくり目を開けると、視界の端に柔らかな髪と、綺麗な横顔があった。


(……あれ……これ、夢じゃ……)


「……おはよう、結衣」

「っ……あ、葵……?」


 ぼんやりとした意識が、少しずつ現実に戻っていく。

 確か……昨夜……キスして、いっぱいされて……付き合って……


「……うそ……ほんとに、付き合ってる……?」


 ぽつんとこぼれた言葉に、隣の葵がくすっと笑う。


「うん。もう逃げられないよ? 私の恋人なんだから」


 そう言って、すっと顔を近づけてくる。


「ま、待っ――」

「ちゅ」


 不意打ちのキス。ほんの短くて軽い、でもとびきり甘いキス。


「ふふっ、朝のキス。これから毎日していい?」

「な……っ、なにそれ……」


 顔が熱くて、枕に顔を埋めたくなる。

 でも、気持ちがふわふわしてて、それすらも心地よくて。


「結衣って、恥ずかしがり屋さんだよね。かわいい」

「……かわいくない……もぉ……」

「じゃあ、かわいくない結衣には……もう一回キス、しちゃおっかな?」

「え……ま、まって……うそ、うそ! かわいいって言っていいから!」

「ふふっ、やっぱり可愛い。大好き」


 また、軽くキスをされてしまって、私はどうしようもなく蕩けた顔になる。

 昨日の夜も、今も、葵のキスはずるいくらいに甘くて、抵抗できない。


「……ねえ、結衣。今日、一日どうする?」


 静かに囁かれた声に、私は目を閉じたまま、小さく答える。


「……家で葵と……もう少し、こうしてたい……」


 ふにゃっとした口調で言ったら、葵がちょっと目を見開いて、すぐに嬉しそうに微笑んだ。


「……じゃあ、ずっとここにいようか。ふたりきりの時間、ゆっくり過ごそ」

「……うん……それがいい……」

「ふふっ、ほんとに蕩けてるね、結衣」


 葵がそっと私の頬を撫でて、もう一度、今度は長めに、深くキスをくれる。


「ん……ちゅ……ふぁ、んっ……」


(……ほんとに……だめになっちゃう……)


 でも、それでもいいと思ってしまうほど、葵のキスは、甘くてやさしくて、心地よかった。

 私はもう、完全に、恋に落ちてしまっていた。

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罰として三回キスか付き合うかを迫られ、軽い気持ちで三回キスを選んだら、唇も心も奪われて結局付き合うことになった ハゲダチ @daiaqua

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