罰として三回キスか付き合うかを迫られ、軽い気持ちで三回キスを選んだら、唇も心も奪われて結局付き合うことになった

ハゲダチ

第1話

「……ねぇ、それ食べたの?」


 静かな声だった。

 けれど、その一言だけで、私は一瞬で“やばい”と察した。


「えっ……あ、うん……冷蔵庫の奥にあって……誰のか分からなかったから、つい……」


 私――結衣は、葵の部屋でひとり、おやつを漁っていた。

 

 そして見つけたのが、可愛い箱に入ったチョコタルト。

 美味しそうだったから、つい、確認も取らず食べてしまった。


 目の前に座っていた葵は、じっと私を見据えたまま、眉をわずかにひそめる。


「それ、私の。限定のショコラタルト。今日のご褒美に残してたんだけど」

「えっ……ご、ごめん……そんなつもりじゃ……」


 言い訳もできない。完璧に、私の落ち度だ。

 下手に笑ってごまかそうとしたけど、葵の顔はピクリとも動かない。


 やばい。これはほんとに怒ってるやつだ――。


「……じゃあ、罰」

「ば、罰?」

「うん。キス三回するか、付き合うか。どっちか選んで」

「……は?」


 耳がバグったかと思った。


「き、キスって……あのキス……? “付き合う”って、ほんとに恋人として?」

「うん。だから、選んで」


 葵は真顔でそう言う。

 ……やばい。これは、本気だ。


(やば……でも、いきなり付き合うとか無理だし……!)


「えっと……じゃ、じゃあ……キス三回で……」


 そう答えると、葵はほんの少しだけ目を細めて微笑んだ。

 私はおそるおそる体を近づけて、葵の右の頬に軽く唇を当てる。


「……ちゅっ」


(よし、まず一回。あと二回、これをやれば――)


 ホッと息を吐いた、その直後だった。


「……それを三回して終わるつもり?」


 葵の声が、低く甘く響く。


「え、う……うん。一応それで、許してくれるかなって……」


 彼女はそのまま、すっと立ち上がる。

 私の腕を取り、するすると自分のベッドのほうへ歩き出す。


「ちょ、え、ちょっと……?」

「じゃあ、次――二回目ね」


 その瞬間、ふわりと体が宙に浮いたかと思ったら、柔らかいベッドに押し倒されていた。


「え、葵……?ちょっ……んむっ!?」


 言葉が終わるより早く――唇が、重なった。


「……ん、っ……ちゅ、っ……んぅ……」


 深く、長く、舌が絡まるキス。

 ぬるくて、熱くて、甘くて、思考がぐちゃぐちゃになっていく。


(ちょっと待って、なにこれ……ディープ、すぎ……っ)


 舌を絡められ、唾液の音がいやらしく響いて、恥ずかしいのに抗えない。


「んっ……はぁ……っ」


 やっと唇が離れたとき、私はぜぇぜぇと息を吐いて、瞳が潤んでいた。

 心臓が爆発しそう。頭がぼーっとして、体が熱い。


「今ので、二回目。あと一回だね」

「え……? うそ……でしょ……」


 まだ続くの?


「ちょ、ちょっと待っ……葵、本気すぎ――んむっ……!?」


 言い終わる前に、三度目のキスが落ちてきた。


「ん、んんっ……ちゅ、っ……あ、ぅ……!」


 三度目のキスも、やっぱり甘くて、苦しくて、逃げられなかった。


 唇が何度も重なって、舌がまた私の奥にまで入り込んできて、思わず指がシーツをきゅっと握る。


(なんで……なんでこんな……キスだけで……っ)


 頭の中がふわふわして、気持ちよくて、変な声が漏れそうになる。


「……んぅ、く、ぅ……あ……」


  やっと唇が離れたとき、私はぜぇぜぇと息を吐いて、瞳が潤んでいた。

 心臓が爆発しそう。頭がぼーっとして、体が熱い。


「……はい、三回目、終了」


 そう言って、葵が満足そうに微笑んだ。やっと終わった――そう思った、次の瞬間だった。


「じゃ、四回目ね」

「……へ?」


 私が呆然としている間に、葵が再び私の顔を覗き込み――唇が、また近づいてくる。


「ま、待って!? 今ので三回終わったんじゃ――んむっ!?」


 言い終わる前に、あっさり四回目のキスが落ちてきた。


「んんっ……ちゅ、……ん、んっ……!」


 深く舌が絡んでくるキス。

 逃げようにも、体がふわふわしてて、もう反応できない。

 

 キスが終わる頃には、また呼吸が浅くなって、頭がぼうっとしていた。

 ようやく唇が離れると、私は困惑したまま、上目遣いで葵を見る。


「……ね、何で四回目もしてるの……? キス三回、って……約束……」


 かすれた声で訴えると、葵はくすっと笑って首を傾げた。


「うーん、だって結衣が反則したから」

「反則……って、なにが……?」

「三回目のとき、すごく顔赤くして、可愛い声漏れてた。あれはね、ダメ。色っぽすぎて、反則」

「な、何それ……そんなの、知らないし……!」


 意味のわからない理屈に抗議するけど、力が入らない。

 それどころか、葵の視線を正面から受け止めるだけで、また心臓が跳ねてしまう。


「だから、罰が追加になりました。四回目、そして……五回目もあるから」

「ちょ、まってほんとに意味わかんないって……!」


 そんな声すらも、もう葵には届いてない。

 ゆっくりと顔が近づいてくる。吐息が触れ合う距離。


「……罰だもん。逃げるのは禁止ね?」


 次の瞬間、葵の手が私の首にそっと添えられて、体がまたぐっと近づいた。


「ん、や……ちょ、葵……っ」

「ダメ。逃げるの禁止。罰なんだから」


 甘い声音と一緒に、唇が再び落ちてくる。


「……ん、ぅ、んちゅ……っ、んっ……!」


 深く、深く、キスされる。体が跳ねそうになるのを、葵の手がしっかりと押さえてくる。


 舌が絡んで、溶けて、もう思考も何も残らない。


「んぅっ、……く、あ……あお、い……」


 どこかおかしくなっていく。

 キスだけで、こんなに感じてる自分が、信じられない。


 けれど、それ以上に――


「……結衣、可愛い」


 その言葉で、また心の奥が、ぐらっと揺れる。


「こんなに蕩けちゃって……ほんと、キスだけでいいの?」


 囁かれて、私は首を横に振ることもできなかった。


「ね、結衣……私と、もっとしたいって、思ってる?」

「……っ、わかん、ない……そんなの……っ」

「じゃあ、感じてるの、嘘?」

「……や、わかんないのに……体が、勝手に……っ」

 

 唇が、喉元に落ちてくる。ちゅっ、と吸われた瞬間、体がびくんと震えた。


「ふふ、感じてる。ちゃんと」


 ゆっくり、下へ下へと落ちていくキス。指先が、私の服の裾にそっと触れて――


(やばい、ほんとに、このまま……)


 止めたいのに、止めたくない。

 頭ではダメって言ってるのに、体が、葵を求めてしまっている。


「……結衣、もう我慢しなくていいよ?」

「……っ、あ……」


 その一言で、心の中のなにかが崩れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る