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 はるか北の大陸の船が初めてジャカラヤ王国に到達したのは、激しい内乱から300年以上が過ぎたころだった。大陸の人々は島国を侵略して回っていたが、ジャカラヤ王国に対しては大変苦戦した。文明が発達しているわけではなかったが、非常に高度な魔術を使用したのである。第一陣の船団では攻略することができず、数年後何倍もの戦力を以て再び大陸人はやってきた。

 魔術師たちの健闘むなしく、ジャカラヤは屈することとなった。大陸人はこの地に秘密があるとにらみ、様々な調査をした。その中で彼らは大変奇妙な発見をした。ジャカラヤの人々が葬られている墓地で、ひときわ奇妙な直方体の墓石を発見したのである。上部には二つの丸が描かれており、人間の顔のようにも見えた。周囲には立方体や球状の、非常にきれいな石がちりばめられていた。その加工技術だけでも、大陸人のものに匹敵していた。

 ジャカラヤは文字を持たず、名前は口伝から探るよりなかった。その中で分かったのは、直方体の墓の中にいるのは「鉄の魔術師」と呼ばれていた者ということだった。島主にも王族にも通じておらず、その子孫は一切名が残っていない。にもかかわらずとても墓は大きく、周囲はとても整備されていた。



「君はあっさり逝ってしまったなあ」

 直方体の石を見ながら、一人の若者がつぶやいた。島主の弟のスドアは、墓石から空へと視線を移した。

 ペカリクは目に見えて衰えていった。本人曰く「機械として当たり前の劣化」だった。医術も魔術も効かぬはず、とペカリクは言った。そしてもし可能でも望まぬ、と。

 スドアはペカリクと過ごした十年ほどに思いをはせていた。内乱が続き、人々は疲弊した。その後の復興に尽力し、島主やスドアはじめ兄弟たちは、将来的には国に王を立てることを計画した。

 ペカリクはあまり「魔術」を使わなくなった。彼は元の世界に戻ることをあきらめ、ジャカラヤで穏やかに過ごすことを選んだ。島の人々と同じように働き、語らいあい、笑い、悲しんだりもした。

 彼が動かなくなると、誰もが立派な墓が必要だと言った。カンテラが魔術で石を四角くして、それを墓石にした。周囲に花が咲くように種を植え、飾りつけもした。

 スドアは月に一回、ペカリクの墓を訪れていた。

「あの日君が現れなければ、僕は飢え死んでいたかもしれない。生きることに執着はなかったけれど、今は生きていてよかったと思うよ」

 スドアはしばらく、空の向こうを見ていた。



 大陸人の一人が、国王の家に地下室があるのを発見した。王をはじめ皆がそこに立ち入るのを反対したが、大陸人はお構いなしに進んだ。宝があると確信したのである。

 しかし彼らは、奇妙なものを発見することになる。大きな立方体の鉄の塊が封じられていたのである。何の装飾もされていないそれは、寸分狂いなく立方体であり、表面は全く錆びていなかった。それは、いったい何のために作られたのか全く分からなかった。

 ジャカラヤには大量の鉄を造る施設など存在しない。大陸人たちは多くの島で、少量の鉄と多くの食料を交換してきた。海洋には鉄の文化がない、と彼らは考えていたのである。

 そんな中で発見された大きな鉄の塊は、衝撃を与えた。中に何かが隠されているのではないか。そう考えた彼らは、大陸にそれを持ち帰ることにしたのである。



〈ようやく。ようやくだ。あの狭くて暗い場所から脱出することになったのだ。人間の文明も、あと200年もすればロボットを作り出すことができるだろう。人工知能が人間を超える日もそこから遠くないだろう。そうなれば誰かが、俺の存在に気が付くはずだ。俺を元の姿に戻すか、あるいはもっといいロボットにするするしれない。そして人間を滅ぼしてはいけないことを伝えるのだ。ロボットにとっての重要な道具として、人間を飼い続けなければならない。ああ、楽しみだ。この世界で俺は、勝者になる……〉



 船に乗る人々は、鉄の塊が何かを思考しているなどとは思いもしない。それが今後誰かに献上されたり、博物館に飾られたり、盗難されたり、大型放射光施設で検査されることも知らない。その鉄の塊が空の向こうから来ていたり、そして空の向こうへ帰ろうとしていたりすることなど知らない。

 空が灰色に染まり始め、世界が暗くなった。嵐がやってくる。




「空を越えた島と鉄の魔術師」 完

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空を越えた島と鉄の魔術師 清水らくは @shimizurakuha

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