第12話:「アスフォデルスの取り扱い説明書12・結構幸運に恵まれる事が多い」
「機構は妾の髪飾りを元に設計する!」
ユーリーフが興奮気味に言い放つ。彼女の髪飾りには、小型のゴーレムが文字を読み上げ、骨伝導で音を伝える機構があった。
その仕組みをそのまま『超音波ねじ回し』に応用するというのだ。チェス盤の上で必要な部品の形が塑像されると、それに呼応し車椅子や小人のゴーレムが手早く作業を始める。
「魔力電池はアスフォデルス殿の魔法銃から失敬する! もう一つは血髄玉じゃ! ……が、そんなレア物がある訳がないのじゃ!」
ユーリーフは代用品として川で拾った瑪瑙を取り出し炉にかけて精製。それを赤と緑のエナメルで着色し、銅線をスライムで包み込み――
「完成じゃ!」
彼女が手にしたのは長さ三十センチほどの装置。中央に嵌め込まれた人工の血髄玉が淡く光る。
「名付けて……超音波ねじ回しとでも呼ぼうか。隕鉄の呪文封じは超音波には対応できぬ! ヒントは最初からあったのじゃ!」
ユーリーフはアスフォデルスをちらりと見る。
「本当に業腹じゃが! 本当に認めたくないが! ……型破りな発想は、キチンとした基礎がなければという言葉は正しかったのじゃ!」
それはあの夕食前のチェスの時、彼女がアスフォデルスから言われた言葉だ。そして、装置のコイルを回す。耳の奥まで届きそうなぐらい高い音が隕鉄の扉を叩き始めた。
「死なせはせぬぞ! まだ口論でもチェスでも勝っておらんからな! ――ンアーッ! ジェロニモー!」
まるで蝶ネクタイを着けた見た目は若いのに、実際には数千才の老博士の如くユーリーフは叫ぶ。
乾いた音が響き、扉の封印が解除される。続いて、工房の歯車が洪水のような機械音を立て始めた。
「……開いた!」
扉の向こうに広がるのは、広大な工房。星の運行を表す天球盤。無数の実験器具。そして中央に鎮座する、全長三メートルの水晶の卵。
それが、ファルトールの工房だ。
ぴしっという、氷を砕いた様な乾いた音が鳴る。
それまで閉じていた隕鉄の扉に自然と罅が。そうして静かに崩れ落ち始めていった。音が物を砕く事がある、ねじ回しの超音に耐えきれなかったんだろう。
ようやく希望の目が見えた、……一瞬そう思ったのにまた問題が。
「う、動かん! 動かんのじゃ! ……霊薬がまったく足りておらん!」
工房の起動に必要な魔力電池、それに注ぐ為の霊薬が無かった。保存されてた分は全部蒸発していたらしい。
アスフォデルスの装備で補給をしても、途中で足りなくなってしまった。水で薄めてかさ増ししても無理らしい。
どん、という音がもう一度響く。扉は少しずつ綻びを見せてきた。
「……血を……私の、血……」
アスフォデルスの枯れた声。
「水で……かさを増した後、私の……血を、入れてください……それで、動きます」
ごぽり、と口から肉の泡が漏れる。しかし彼女はそれを意に介さず。
「この、身体に流れる血は黄金の血。……あらゆる魔術や魔法具の精度を高めます。これを混ぜれば、魔力電池も動くでしょう……」
その言葉に従い即席の霊薬として魔力電池を満たすと、自ずと部屋は稼働し始めた。まずその序章の様に霊薬が管を通る低い音と、天井に取り付けられた水晶が痙攣の様に光を灯す。
それは連鎖し、全ての部屋に光が灯る。
「やった! やりました! 動きましたぞ!」
ユーリーフが歓喜の声を上げた丁度その時轟音が響く。
扉は深くひび割れて行き、砕け落ちたその隙間からは姿が垣間見える。それは魔物や人間の死体を繋ぎ合わせた怪物達。頭には皆奇妙な瘤が出来ている。……恐らくはあの死脳喰らいの眷属が、無理矢理死体と脳を繋げて動かしているのだろう。
「団体様のご到着か……」
誰にともなくバルレーンがそう言う。彼女はそこで左手で針を出そうとするが、途端パラパラと地面に落ちた。それを見て彼女は苦い顔をすると。
ふと見ると、顔には幾つもの皴が出来ていた。髪も、燃える様な赤からくすんだ赤に。それは紛れもない老い。
「ごめん、ファン戦闘は全部まるっと任せた……年は取りたくないなぁ……」
……先程爆ぜた両腕も、原因は老いだ。あの触手を爆ぜさせる程の威力を与える投げ方に、老化した肉体が耐えられないのだ。
無理矢理巻き付けた白い包帯は、もう真っ赤に染め上がっていた。……出血が酷い、しかし彼女はそれを何とか堪えて指示を下す。
「ユーリーフは、アスフォデルスの体をなんとかして。アスフォデルス、まだ生きてる?」
「……なん、とか」
その茶色い髪が一房、二房と抜けていく。
「ユーリーフを助手の様に使って、何とか元に戻って。ほら、早く!」
ユーリーフとアスフォデルスは即座に作業に入る。アスフォデルスの指示の元、ゴーレムを手繰り機器の操作を始めた。そこで、バルレーンがぽつりと言う。
「ファン、君にも同じ分の代償を払ってもらう――アレを倒せ」
その白い物が混じり始めた赤い髪に、それでも変わらない赤瑪瑙の瞳。
「今戦えるのは君しかいない。最悪の場合は、切り札を切れ」
アスフォデルスを一度見る。ユーリーフのゴーレムに抱きかかえられ、その姿はちらりとしか見えない。彼女はけして己に振り返る事はないだろう。
あぁ、だけど。それでも……死んでほしくない。そうして次に思うのは死脳喰らいの事。あぁ、それでもやるしかないのだ。
己は、首を縦に振る。それしか出来なかった。
「感傷と決別しろ、獣性すら解き放て。……彼女を守りたいのなら」
いっそ、狂ってしまえればいいのに。
――しばらく後。一際大きな破裂音。とうとう扉は粉々に砕け散った。
中から瘤で頭が膨れ上がり肉と骨で出来た武器を持った化物共、そしてまるでナメクジの様に体を伸ばした死脳喰らいの姿。
「あっあっあっ、離さない、あっあっあっ、救って、あっああぁぁあ、抱きしめて、あっあっあっあっ」
己は剣を片手に、鉄球と共に戦場に踊り出た。己に与えられたのは、ただひたすらに戦う事。アスフォデルスは今体を癒す為に水晶の卵に浸かっている、ユーリーフはゴーレムを繰りながら器具を操り、バルレーンはそのユーリーフの指示に従い工房の器具に破損がないかを見回っていた。
琥珀色の調合された霊薬の中、天球儀のイヤリングが輝く。
周囲には不気味な異音や怪音が響いている。漏れない筈の蒸気が、配管の至る所から漏れ出てるらしい。
「……して」
剣を振るう中、斬った怪物から声が。
「ころ、して……」
「はな、してくれ……」
胴と下を切り離した後、聞こえて来るのは脳をかき混ぜる音。……泣き別れた胴を引きずり、半身を無理やり繋げる地獄絵図。
啜り泣き、怨嗟、苦悶。そしてそれを手繰る、死脳喰らいの嫌らしい笑み。
そうだ、悪魔になれ。いっその事、忌まわしいくらいの悪魔になれ。そうすれば……己はお前を。
ぱん、と何かが弾ける音がした。それは連続して上がり、巨大な一メートル程の歯車がぐらりと外れかかる。
「あぁあ!」
それを、死脳喰らいに操られた亡者が骨の矢を放ち後押しする――軌道は丁度ゴーレムを操っていたユーリーフの元に。
「ぎゃああああ、なのじゃぁあああ!?」
己は、腰の鞘に手を伸ばすと鍔を指で弾いて剣を。バルレーンは両腕が使えないので体当たりを狙いに。
その時頭の右横をすり抜けたのは赤い魔弾。それは己の頬をすり抜け、丁度頭にぶつかる直前の歯車に直撃する。落下地点が大きく逸れ、歯車は地面に。……赤い、隕鉄の弾丸を巡り込ませて。
轟音。赤い弾丸が亡者の群れを吹き飛ばす。
足元に仕掛けられた車輪が高速回転し、それは彼方からやって来た。
「こ、これは……!?」
ユーリーフが息を呑む。亡者の間を縫うように駆け抜ける影――十字魔法銃を持つゴーレム。
「まずいのじゃ! あんなの今相手する余裕は――」
「待って、様子が違う」
彼が放つ魔弾は亡者を狙い、一発もこちらに向けられない。
「……妾達を守ってる?」
バルレーンの視線が向けられる。ゴーレムの視線の先には水晶の卵の中、アスフォデルスがいた。
「……なるほど。師匠の遺したゴーレムが、弟子を守るか」
バルレーンが苦笑する。しかし、安堵する間もなく――
「アスフォデルス殿!」
琥珀色の液体に浸かるアスフォデルスの体が痙攣する。水晶の中に白い泡が充満し、彼女の姿が見えなくなる。
「魔力が、まったく足りぬ!」
ユーリーフが焦燥の声を上げる。このままでは、迷宮そのものが崩壊しかねない。
何か、何か手を……いや一つだけある。この血を……。
バルレーンは言った、感傷と決別しろと。獣性を解き放て、全てを捨てろと……二度も彼女は裏切れない。己は裾を翻し疾駆した。
場所は、魔力電池。
「ファン!」
バルレーンの声、そして十字魔法銃が吠え立てる音が響く。魔力電池は別室の一つ。十平米程の部屋の中には一メートル程の黒い瓶が左右にぎっしりと並んでいる。
瓶の前に立つと一度右の袖を捲くると、黒革と布で出来た篭手を外す。左に持ち替えた刃を改めて見ると、無意識に息を飲んでしまった。
声が漏れない様に篭手を加え、まずは右手の甲に刃を突き刺した。
――一瞬、えぐみを含んだ百合の香りが立つ。
痛い。焼ける様に痛い。すごく痛い。……でも、まだだ。まだ足りない。
更に甲から刃を抜くと、手首から肘にかけて螺旋を描く様に刃を走らせた。思わず鼻息が荒くなってしまう。滴り落ちる血が床に溜まりを作っていく中、砕け罅の入った篭手がそこに落ちる。
そして瓶の中に、その黄金の血液が滴った右手を入れた。……工房が息を吹き返したのは、その刹那。
機械が唸りを上げ、歯車が回転し、施設全体に魔力が循環する。
これで、間に合う!
工房の中心へと光が集まる。全てが一つに収束する様な音がずっと響いていた。
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