第9話:「アスフォデルスの取り扱い説明書9・昔結構色々あった」
魔術の才に恵まれた一人の少女がいた。
平民の出でありながら、その才能ゆえに大魔術師ガノンダールの弟子となった。
それが全ての宿痾の始まりである。
「■■■■■、そなたに仕事を与えよう。このホムンクルスを、そなたが育てるのだ」
忌まわしい名で呼ばれ、彼女は生涯忘れられぬ言葉を聞いた。
何でも、ガノンダールが調べている古代魔術の研究で必要らしい。本来なら試験管で育てるべきホムンクルスを、素質ある人間の体を媒介にする事により質を高める。そこで白羽の矢が立ったのが彼女であった。
「な、なんで私なんですか……?」
「そなたの肉体は“皇帝の玉体”と言ってな。内臓、血管、神経の位置が通常と逆に位置し、これはありとあらゆる魔術に親和性を持つと言われておる」
さらに、ガノンダールは続け。
「そして、そなたを巡る血は、黄金の血とも形容すべき程特別な物だ。これはありとあらゆる者に血を分け与えられる一方で、そなた自身には同じ黄金の血しか受け付けないというこれもまた稀有な性質の血であるのだが、この血はあらゆる魔術や魔法具の精度を高める特性を持つと言われているのだ……発生確率は数十億分の一、今の世を底からさらっても数人いればよい方だろうな」
香りがする血。
彼女のそれは、甘やかな極楽百合の香り。
……彼女は、この時初めて自らの血と肉を憎んだ。
「明後日には、施術を開始する」
――嫌だ。
しかし、拒むことは許されなかった。
生家の村は迷宮化した炭鉱の魔物に滅ぼされ、逃げる場所などなかった。
貴族の子弟に焼かれた顔は、娼館での未来すら断った。左頬に刻まれた火傷は今なお生々しく残っている。
「……はい、わかりました」
だから、受けるしかなかった。作り笑いを浮かべて、震える声を押し殺して。
そうして三体目の時だ。そんな時、現れたのが――
「いやぁ、タダ酒だからって序盤から飲みすぎたな。ガノンダールのアホが浮かれやがって――って」
陽気な声。金色の髪、淡褐色の瞳。美しく、そして――彼女の人生を変えた人。
「お前は誰だ?」
ファルトール。生涯忘れぬ、今は遠き師がそこにいた。
――――。
――。
「最初は恐ろしい人だと思ったんです」
「そりゃあね、遺跡荒らしのファルトールだもん」
バルレーンが言う。
白金級の冒険者。魔法銃と長剣を操り、遺跡を荒らし尽くす女魔術師。彼女が一度潜れば、その遺跡は徹底的に探索される。
「確かに、ファルトール殿は今でも冒険者時代の方が有名じゃな」
ユーリーフは呟く。
「ドワーフの爺達は、ファルトール殿がへカトンケイレスを一人で殺した話で六時間は語る……妾もこの街に来た時藪蛇を突いたものじゃ」
「魔術師は借りを返す、ってセリフ一つで他の魔術師焼き討ちに入ったりとかね……いや、入られた奴も入られた奴だったけど」
魔術師は借りを返す。それは、元はファルトールの口癖であった。
「……正直、私も怖かったです」
アスフォデルスは腰のホルスターから黒いアダマンタイト製の魔法銃を取り出す。そのグリップにあるカバーを外し、取り出したのは――天球儀のイヤリング。
「それは?」
バルレーンが尋ねる。
「師匠が、弟子になって初めてくれた杖代わりの焦具です。私の、最初の、一番の宝物」
ユーリーフが小人のゴーレムを操作し、チェス盤の上にイヤリングの像を再現する。それをしばし見て金髪の女魔術師は驚嘆した。
「……凄まじい出来じゃ。王国軍の精鋭魔術師の装備より、金と手間がかかっとる」
アスフォデルスの口元がわずかに綻ぶ。
そして、そっとイヤリングを仕舞い込み、抱きしめた。
まるで、幻影のファルトールに縋るように。
――それを渡された日のことを、今でも覚えている。
『お前を守ろう』
抱きしめられた体から、雛菊の香りがした。
『お前に、私の持つ全てをあげよう』
ポケットから取り出し、彼女の手に乗せられたのは二対の天球儀のイヤリング。七星に順応する金属が絶え間なく回転する。
『これは力だ。お前が持つ最初の、そして、絶対に手放してはいけないもの』
師匠の手は、壊れ物に触れるように優しかった。
「確かに、冒険者時代の話は事実です。でも、それだけじゃない」
アスフォデルスは、ファルトールの知られざる一面を語り始める。
その様子を、ファングインは沈痛な眼差しで見つめていた。だが、アスフォデルスがその視線に気づくことはなく……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます