第4話:「アスフォデルスの取り扱い説明書4・調子に乗りやすい癖に臆病」
「あれ、ファンは?」
「最近気づいたら、何処かに出かけてるのじゃ」
「あの姫様、本当しょうがないな。もう三日後には出るのに」
× × ×
アスフォデルスが何もかも失ってから一週間半。賭けチェスで荒らした宿屋は三、カモにした魔術師は百人近く。
だが、ここまで荒稼ぎをすれば噂が立つ。
「最近、魔術師を中心に金を荒稼ぎしている子供がいる」
それは、ならず者たちを引き寄せるには十分だった。
時間は夜の二時。
街の外れ。夜中でもゴーレムが闊歩する、地価の安い一角。そこにある三階建ての建物が、アスフォデルスの工房だった。
「よし、お前ら行くぞ」
「たっぷり稼いだガキには、お仕置きが必要だな」
「……そのまま殺して隠せば、無罪放免バンザイって寸法よ」
「モツを売れば更に儲かる。オイラ達の可愛い稼ぎ頭ちゃんよ」
夜の闇に紛れ、四人の男たちが忍び込んだ。
「なんだこりゃあ……」
工房の中を見渡し、頭目の男が困惑する。魔術師の工房には、通常、外部の侵入を防ぐ結界が張られている。
だが、ここには見当たらなかった。まるで普通の家である。
「折角、オイラ結界破りのルーンを刻んだのに……こんなんなら大枚はたくんじゃ無かったぜ」
一人がそうぼやきながら結界破りのルーンが刻まれた短剣を仕舞い込む。
忍び込んだ一階には、ガラクタの山が広がっていた。鉄と木を合わせた箱、革のポーチ、鍵開け道具、用途不明の部品――どれも魔術師の工房らしくない。
「おい、このガキ、ドワーフの店十件近くに仕事を頼んでやがる」
獣人の男が、山ほどの発注書を手に取る。
「……魔力電池、スターゲート、火炎放射、粘着スライム? 筋力増幅装甲服、桜花袖箭……で、これがジェットパッ……知らねぇバンザイだ」
さらに、頭目の男は封蝋が押された羊皮紙を見つけた。
月夜に鴉――情報屋の証。そこには『機帥の迷宮』と、あるパーティーの情報がまとめられていた。
機帥の迷宮。魔術師アスフォデルスや、魔術師アルンプトラの師として一部では知られているファルトールのかつての工房を核にした迷宮。
発見当初の三年前は物珍しさで、日に百人の魔術師パーティーが潜ったが最奥の扉が開かぬ今となっては一週間に物好きが数人入ればよい方。
……迷宮の情報は大したものではない。魔物の大半がアンデッドとホムンクルスであること。
しかし、パーティーの方は興味を引いた。そこにはこう記されている。
『バルレーン・キュバラム、ユーリーフ、ファングイン』
『明後日の朝、再度機帥の迷宮に潜る予定』
「あのアマ共を、なんでわざわざ……?」
『かしましき手』。
一年ほど前に現れた新参のパーティー。当時、不人気だった『機帥の迷宮』で賢者の石を発見した変わり者達。
「んなの、誰でも知ってるわ」
頭目が吐き捨てた、その時だった。
ぱちり――。
小さな音が響く。ふと見ると、鉄と木を合わせた箱が青白い光を発し、動き始めた。
「バンザイ!?」
直後、赤い光がドワーフの男の背中に直撃する。気絶した彼は、重たい音を立てて倒れ込んだ。
矢の魔術。
刹那、全員が短刀を抜く。だが、その瞬間上階から、くぐもった子供の声が響いた。
「“あなた達、一体何ですか!?”」
アスフォデルスの声だった。獣人の男が小声で告げる。
「今のはまぐれだ。この暗闇じゃ何も見えん。呪文を唱えさせなければ、こっちのもんよ」
「わかってる。俺が時間を稼ぐ。合図したら行け」
頭目が話しかけると同時に、二人の手下が忍び足で螺旋階段へ向かう。種族柄、足の速い彼らなら、一秒で駆け上がれる。
「お嬢ちゃん、お邪魔してるよ。俺達は泥棒だ……だが、泥棒にも一つ教えられる事がある」
「“何を急に……”」
アスフォデルスが会話に乗る。その瞬間、頭目はもう呪文が間に合わない事を確信する。
「一人で稼ごうとするなんて駄目だ。この世で大切なのは、分け合うことだ」
がちり――。
再び、小さな音。しかし、誰も気にしなかった。
「俺達は四人で何もかもを分け合う。金も、飯も、――そしてお嬢ちゃんもだ!」
それが合図だった。階段の端まで辿り着いた二人は、一気に駆け上がる。
――瞬間、赤い光が閃いた。
魔術は回避されたが、矢の魔術は樽に直撃。そこから青白いスライムの粘液が漏れ出し、固まる。
「“外した、何で!?”」
獣人と小人は疾駆するが――
そこで鉄の網が飛び出し、絡み合いながら階段を転げ落ちる。呻き声を上げながら、床に倒れ伏す。
「じゅ、呪文は唱えてなかったのに……」
「“夜の闇に紛れても、こっちにはお見通しです。今なら見逃します、帰ってください”」
再び、がちり。……そうして矢の魔術が頭目の足元に当たり、赤い光弾が次々と彼を追い詰める。
「“あ!”」
――そして、彼の背中が鉄と木の機械に触れた瞬間、魔術が止まった。
頭目は、ゆっくりと振り返る。背後の機械を確認すると、笑みを浮かべた。
「お嬢ちゃん、どうやら……これが大事らしいな」
「“くっ……”」
「有り金全部持って降りて来な! こいつを壊されたくなかったらな!」
その瞬間、後頭部に強い衝撃が走る。頭目の意識が途切れ、地面に崩れ落ちた。
――転がるのは、何の変哲もない石ころ。
「え?」
金の瞳が陰り、銀の髪が揺らぐ。
闇が揺らぐ。アスフォデルスは、深緑のローブの切れ端を見た気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます