第5話 影に忍ぶ

翌日の放課後、俺は入部届を手に写真部の部室に来ていた。

この前とは違い、隣に環はいない。中には先輩方がいるだろうし、少し緊張してしまう。しかし、こんなところで立ち止まっていても状況は変わらない。

俺は思い切って教室のドアを開けた。


「失礼しまーす。入部届を持ってき――あれ、誰もいない?」


教室の中は明かりがついておらず、人の気配がしない。

俺は今日、帰りのホームルームが終わってすぐにこの教室へ向かってきた。

もしかしなくとも、早く来すぎたのだろう。

仕方ない、大人しく先輩たちが来るのを待つことにしよう。

俺は一番近い椅子に腰を下ろして、特に意味もなく辺りを見渡してみる。


それにしても、この部屋やけに暗いな。

部屋が暗く見えるのは俺の目のせいではなく、本当に暗いのだ。

全色盲の人間はむしろ明かりには敏感である。明るいところは白く、暗いところは黒く見える。

この教室、電気が付いていないことに加えて、カーテンまで閉め切られている。

俺からしてみたら、まさに闇の世界だ。

部屋の光源といえばカーテンの隙間から漏れ出たわずかな明かりと、廊下の明かりがドアのすりガラスを通ったもののみで、部屋の真ん中は本当に認識できない。


とりあえず電気をつけなくては。先輩方も、入部希望者が教室の中で電気もつけないで一人座っていたら驚いてしまうだろう。

俺は教室内の机や椅子にぶつからないように気をつけながら壁をつたい、教室の前方へ辿り着き電気のスイッチを押した。


瞬間、教室は一気に明るくなり、先ほどとは一転目の前が真っ白の世界となる。

ちかちかとする目がだんだんと慣れてくると、いきなり目の前に人型のシルエットが浮かんできた。


「うわぁ!」


ごつん!と大きな音がする。

その音は、俺が驚きのあまり後ろへ後ずさり、勢いのまま後頭部を壁に激突させた音にほかならない。


「っっつ、あぁ。いったぁぁ」


痛みに頭を抱えながら視線を前方へ向けると、そこにはあたふたと慌てる少女がいた。頭の頂点にはアホ毛が一本。肩のあたりまで伸びたミディアムヘアは、片側だけ編み込みが施させていてどこか大人っぽい雰囲気をかもし出している。しかし、一番の特徴はそれを全て打ち消すかのような童顔である。それに加えて、あまり背の高くない俺でも明確な身長差を感じられるほどに小柄である。正直、この場所で出会わなければ高校生だとはわからなかったかもしれない。


「す、すいませ~ん。だ、大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫……だと思う」

「すいません。私昔っからよく影薄いって言われてて……」

「いやいや、そんなことは。こっちが気が付かなかったのも悪いんだし」


ん?待てよ。そういえばこいつなんで電気もつけずに真っ暗な部屋にいたんだ?

影薄いっていうか、暗闇から出てきたらそれはもう影そのものなのでは⁉


と、そこで少女の手元に一枚の紙があることを発見した。

あれ、この紙……


「もしかして、君も入部届を?」

「うん。あなたもそうだよね?昨日の説明会にきてたし」


あれ⁉こんな人昨日来てたっけ~。昨日は環と鏑木さんがいたからあんまり周りを見れていなかったな。

でも、なんか影薄いの気にしてそうだったし、本当のこというわけには……

仕方ない。ここはうまいこと言ってごまかすか。


「ああ、そうだったね~確か。端の方の席にいたよね?」

「え⁉いや、いなかった……けど」


うわー。一番やっちゃいけないことをした。

じゃあどこにいたんだよほんとに影薄いじゃん!


「あれー?なら俺の見間違いだったかも。どの辺にいた?」

「昨日は、あそこ」


そういって、彼女は教室の後方を指さした。


「え?あれって、掃除用具入れだよね?」

「うん。昨日はあそこから参加してた」

「はあ⁉えっと……それはまじ?」


いったいどういうことだってばよ。というか、まじならそれはもう影薄いどころか姿をあらわしてすらないじゃん!そんなところに隠れるなんて……もしや忍者の末裔まつえいなのか?


「いや、まじなわけ無いじゃん。冗談だって」


そういう彼女はクスクスと笑い始めた。

こいつっっ!人を馬鹿にしやがって。もしかして冷笑系なのか?もしそうなら頭のアホ毛引っこ抜いてやるぞ。


いや、待て待て落ちつけ。一旦冷静になろう。

こいつと話しているとどうも調子が崩れる。俺はこんなツッコミキャラじゃなかったはずだ。

っていうか、こいつこのキャラで影薄いのかよ。

いや、もしかしてそれすらも冗談なのか?……くそ、ますますよくわからなくなってきた。


「ははは、なかなかおもしろい人だね。俺は青柳あおやぎ凪斗なぎとだ。これからよろしく」


俺は皮肉っぽくそう言って右手を差し出した。

俺の笑顔、ひきつってないよな。


「私は服部はっとりぼたん。以後よろしく」


服部は俺に答えるように手を突き出してきた。

よかった。とりあえず自己紹介と握手でいい感じに……ってあれ?

握ろうとした手はなぜか反対を向いていて握ることができない。

差し出された手をよく見てみると――


「すいません!私、左利きなもんで」

「じゃあもうそれでいいよ!!」


俺は人生で初めて手の甲で握手をした。


***


その後、服部と二人で先輩方を待つこと約十分。

教室前方の扉がいきなりガラガラと開き、雛宮ひなみや先輩が入ってきた。


「あれ~?まだ誰も来てない感じ?ねえ、君たち昨日来てくれた子たちだよね?のぞちゃんって見た?」


雛宮先輩が言う『のぞちゃん』というのは、この写真部の部長である『吉野よしの希美のぞみ』先輩のことだろう。


「いえ、俺たち以外はまだ誰も来ていません」

「そっかー。了解ありがとね。あ、それ手に持ってるのって入部届だよね?私、貰っちゃうよ」


雛宮先輩は俺たちの元へきて、入部届を回収してくれた。


「んーなになに。青柳凪斗くんに、服部ぼたんちゃんか。二人とも、いい名前だね。ん~どうしようかな」


雛宮先輩はわざとらしく首をかしげている。こういう一つ一つの動作がどうにもギャルらしい。


「何を迷ってるんですか?」

「んー?君たちのことなんて呼ぼうかな~って」


良ければ普通に苗字か名前で呼んでほしい。


「まあ、無難に凪ちゃんとぼたんちゃんにしよっか!」


雛宮先輩の発言に、俺はちょうど飲んでいたお茶を吹き出しそうになってしまった。

実際、少しだけこぼれたお茶は顎を伝って首と胸を濡らしたが、たぶんバレてはないだろう。


「ちゃんづけって、全然無難じゃなくないですか⁉」

「えぇ?だって、私は写真部のみんなのことはちゃんづけで呼んでるよ?のぞちゃんに、ゆいちゃんに、しんちゃん。ほら、男の子もちゃん付けでしょ?」


『ゆいちゃん』は『白雪しらゆき結衣子ゆいこ』先輩、『しんちゃん』は『伊川いがわ信介しんすけ』先輩のことだ。


雛宮先輩は続けて話す。


「ぼたんちゃんも、この呼び方は嫌?」

「いえ、私はむしろ嬉しいです!」


服部はまるで飼い主に尻尾をふる子犬のようだ。


「だよね~。なら凪ちゃんとぼたんちゃんに決定だね」


あー、女子同士が結束したら、これはもうどうにもならないパターンだ。

凪ちゃん……凪ちゃん……

俺は頭の中でこれから呼ばれるであろうあだ名を反復する。

今はまだ違和感がすごいが、じきに慣れるだろう。


「それよりさー、ぼたんちゃんの苗字ってかっこよくない?私の雛宮って苗字も可愛くて気に入ってるけど、かっこいい苗字も憧れるなぁー」


雛宮先輩は唇にリップを塗りながらそう話す。

俺的には『青柳』も割とかっこいいと思うんだけど……雛宮先輩的にはそうではないのだろう。何故だか、服部に負けたような気分だ。


「そうですか?でも実は、私ってあの『服部半蔵』の子孫なんですよ」

「「えぇ!!!!!!!」」


俺と雛宮先輩は同時に驚きの声をあげる。

こいつ、まさか本当に忍者の末裔だったのかよ⁉


「そんなの尚更かっこいいじゃん!まじうらやま!ねぇ、凪ちゃん」

「そ、そうですね。なあ服部。一個聞きたいんだけどさ」

「ん?なあに?」


俺は場の興奮を落ち着かせるためにあえて一拍置くと、一瞬の静寂が訪れる。


「お前、どこの里出身なんだ?」

「はぁ?別にどこの里でもないけど、普通に千葉県出身だよ」

「なるほど。木の葉ではなく千の葉……だったか。服部、なかなかうまいこと言うんだな」

「別にそんなつもりなかったよ⁉」


三人は顔を見合わせ、一連の流れにいっせいに吹き出した。


少しして笑いが落ち着くと、それをはかったようなタイミングで教室の扉が開く音がした。























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2026年1月4日 00:00

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