第2話 人生はいつも思い通りにはいかない

入学して二日目。今日はクラスの係を決めることになった。

必ず全員が何かしらの係に就かなくてはならないため、せめて仕事量の少ない簡単な係を選んでいきたいところだ。


「それじゃあまずは委員長から決めてもらって、委員長が決まり次第進行をバトンタッチしてもらいたいと思います」


そう教壇の上で話すのは担任の唐西からにし浩一こういち

身長180cm弱で瘦せ型、爽やかな短髪とメガネが特徴的である。年齢は31歳らしいが、まだ20代といっても違和感ないくらいの見た目だと感じる。野球部の副顧問をしているらしい。

昨日初めて会ったばかりだが、かなりフレンドリーな印象を受けた。きっと生徒からは慕われやすいのではないのだろう。

少なくとも、現時点で俺は好印象を持っている。心の中では浩一さんとでも呼ぶことにしよう。


「委員長に立候補したい人は手を挙げてくれ」


数秒間の沈黙が流れる。

浩一さんの問いに対して、誰一人として反応をしない。

まあ、そんなもんだよな。自ら大変な仕事をやりたがる奴なんてなかなかいないだろう。かくいう俺も、そのうちの一人だ。


「誰もいないなら、先生が決めちゃうぞー。それでもいいのかー?」


俺は軽く周りを見渡してみる。

浩一さんと目を合わせないように俯く人。どうしようかなー、やってみようかなーと小声で話している人たち。俺と同じようにきょろきょろと周りの様子を窺う人。

さまざまいるが、依然として手を挙げるものは現れない。


俺も少し息を潜めておこうかなおこうかな。そう思い俯きかけたその時、どこからか視線を感じた気がした。

パッとその方向へと視線を向けると、どこかたくらんだような顔つきをした人物がこちらを見ていた。

その人物は、鏑木かぶらぎ彩葉いろは

なんだあの表情は。何を考えている。


「はい」


スッと、突然鏑木が手を挙げた。


「おっ。えーっと確か……」


浩一さんはまだ全員の顔と名前が一致していないようだ。教卓の上の座席表をちらりとのぞいている。


鏑木かぶらぎさんだね。委員長、立候補してくれる?」

「はい。誰もいないなら、私がやろうかなって」

「そういうのすごく助かります。じゃあ他にやりたい人がいなければ鏑木さんに決まりでいいですか?」


誰も異論はないようで、全員が頷く。みんな安心したという表情を浮かべているように見える。


「それじゃあ委員長は鏑木さんに決まりました。これからよろしくお願いします」


委員長の決定に、ぱちぱちと拍手が鳴り始める。

思っていたよりもスムーズに決まったな。とりあえず一番大変そうな委員長にならなくて一安心だ。

ただ、まだ副委員長が決まっていない。委員長を女子が務めている時点で、副委員長は男子の中のだれかになるはず。

おそらく、こういうときはじゃんけんで決めるのがセオリーだろう。


「副委員長は男子の中から決めてもらうが、誰もいないなら先生の独断と偏見で選んじゃうぞ。それが嫌なら、じゃんけんでもなんでもして、自分たちで決めてくれ。とりあえず、男子は後ろの方に集まって話し合いでもしておいて」


予想通り、このままだとじゃんけんで決める流れになりそうだな。じゃんけんなら副委員長に選ばれてしまう可能性が少なからずあるが、確率はかなり低いだろう。

このクラスの男子の人数は確か15人くらい。俺が負ける可能性はざっと6~7%程度。

さすがに負けない。


「先生!」


いきなり、誰かが発言した。


「なにかありました?」と、浩一さんが振り返る。


どうやら、発言したのは鏑木のようだった。


「副委員長のことなんですけど、推薦でもいいですか?」

「え?推薦って、鏑木さんが推薦したい人がいるってこと?」

「そうです」

「まあ確かに、委員長の鏑木さんが一緒に仕事をしやすい人がいるならその方がいいかもね」


なるほど、そういう手もあったか。でも、これなら俺が選ばれることは無くなったはずだ。助かった。きっと、元からの知り合いか何かがいるんだろう。

そこまで考えて、ふとさっきの鏑木の表情が脳裏にチラついた。

何故だか、嫌な予感がする。


「はい。じゃあ、推薦なんですけど。青柳あおやぎ凪斗なぎとさんにお願いしたいです」


「ええ⁉」


軽く予想はできていたものの、つい大きな声が出てしまい急いで口元を隠す。

しかし、そんなことをしてももう意味はない。

俺を推薦する。さっきのたくらんだ表情はこのためだったのか。


「青柳はどうだ?推薦されてるけど、やれるか?」

「ええ…えっと」

「あくまで推薦だ。絶対というわけではないし、嫌なら断ってもいいんだぞ」

「そうですね…」


しかし、どうしたものか。単純に面倒くさいという理由があることはもちろんだが、色盲というのは何かと不便なことが多い。だから、クラスの代表としていろいろな仕事をこなすのは、少しハードルが高い……ような気がする。推薦してもらえたのに断るのはあまりいい印象をもたれない気もするが、ここは断らせてもらおう。



「あんまり、乗り気ではないですね」


俺はやんわりとやりたくない旨を伝えた。


「青柳くん。どうしてもだめかな?」

「まあまあ、本人がやりたくないと言うのなら仕方がないんじゃないか?」


食い下がる鏑木に対し、ありがたいことに先生がフォローに入ってくれる。

この先生、俺の味方かもしれないな。


「それは、そうですね。青柳くん、一応理由を聞いてもいいかな?」


こいつ、意外としつこいな。


「うん。単純に人前に立つのがあまり得意じゃないんだ。他にもいくつか理由はあるけど。とりあえずごめん」


正直、理由なんて何でもいい。断れさえすればいいのだ。

俺の返答に鏑木は納得はしたものの、かなり残念そうな様子だった。そんな様子を察したのか、先生は鏑木に何かを伝えようとしている。


それを見て、なんだかまた嫌な予感が脳裏をよぎる。


「青柳にも事情があるんだよ。実はな、青柳は──」

「やっぱりやります!」


俺は浩一さんの声を遮るように声を出した。

危なかった。この先生、今俺が色盲だって言おうとしてた……気がする。

先生方は俺が色盲であることを知っている。だからか、ある程度配慮してくれようとしたのだろう。確かに、本来ならあらかじめみんなに知ってもらうことは悪いことじゃない。

先生として気を遣ってくれたんだろうけど、それは俺には不都合なことだ。 


「え⁉︎いいの?でも、なんでいきなり」


鏑木は驚きと喜びとが混ざったような表情で聞いてくる。

失敗した。先生の話を止めるだけで良かったのに、ついうっかり口走ってしまった。


「いや、せっかく推薦してくれたなら頑張ってみようかなって思って」

「でも、青柳大丈夫なのか?さっきまでは断っていたのに。それに──」


この先生もまたしつこいな。

やっぱり味方なんかじゃなかった。


「大丈夫です。基本的な仕事は委員長の鏑木さんと協力すればできますし、俺は鏑木さんの補助をしたり、休みの時に代わりになったりするだけですから」


俺の説明に浩一さんはうんと頷いた。


「それもそうだな。では、委員長と副委員長がどちらも決まりました」


ぱちぱちとなる拍手の中、俺は先生から手招きで教室の前まで来させられる。


「どっちからでも、とりあえず軽い自己紹介と、意気込みをお願いします」


どっちから話そうか、と鏑木と目を合わせると、鏑木は何も言わずに半歩前に出た。

ポニーテールがゆらりと揺れる。


鏑木かぶらぎ彩葉いろはです。一年間よろしくお願いします」


ぱちぱちと拍手が鳴り、続けて俺が前に出る。


青柳あおやぎ凪斗なぎとです。一年間よろしくお願いします」


とりあえず、話す内容は真似をすることにした。

この後は、引き続き他の役職を俺と鏑木の進行の元で決めていった。

俺は基本的に書記として黒板にみんなの名前を書いていたため、意外にも多くのクラスメイトの名前を覚えることができた。


係決めが終了してすぐ、俺は浩一さんのところへ向かった。


「唐西先生、俺の症状のことなんですけど」

「ああ、さっきは変に気を遣っちゃって悪かったな。それで、どうした?」


俺は周囲を見回し近くに人がいないことを確認する。


「実は、俺が色盲だってことはみんなには言わないで欲しいんです。今回の先生みたいに変に気を遣われるのは、俺の望むところではないんです。だから、できるだけみんなには内緒にしたまま生活したいんです。友達とか、俺が伝えようと思った相手には自分で伝えますから」

「そうだったのか。それは悪かったな。これからはしないようによく覚えておくよ。」

「いえいえ、事前に言ってなかった俺が悪いですから、大丈夫ですよ」

「あ、それなら他の先生方にもそのことを伝えておいた方がいいか?それとも、そういうことも下手に伝えない方がいいか?」

「そうですね。それならお願いしたいです。俺が色盲であることを知ってる先生にだけ伝えておいてもらえますか?」

「わかった。上手いこと話しておくよ」

「はい。ありがとうございます」


よし、これで勝手に俺の目ことが広まる可能性はかなり減っただろう。

今日はなんとかなったけれど、結局副委員長に任命されてしまったし、かなり消耗した一日だった。今日のことはいい教訓として、これからに活かしていこう。

そう前向きに考えでもしないと、とてもやっていられない。


***


帰りのホームルームが終わり下駄箱へ向かうと、ちょうど上靴からローファーに履き替えている鏑木が目に入った。

俺はそのまま下駄箱から出ていく鏑木を追いかけるようにして駆け寄り、さりげなく肩を並べて歩き出した。


「あ、青柳くんじゃん」


こちらに気が付いた鏑木が先に声をかけてくる。

俺は軽く会釈をして、すぐに本題へと入った。


「なんで俺なんかを推薦したの?」

「ああ、そのこと?」

「うん。どうしてかなって」


鏑木は、んーっと悩むようなしぐさをしてみせる。

その姿はどうにもわざとらしい。


「気になる?」

「そりゃあね。気になるよ」


特別仲がいい関係でもないのに、一度話したことがある程度の人間を推薦する理由なんて、想像しても何も思いつかない。


「何か、言いづらい理由があるの?」

「ううん。そんなことはないかな」

「なら教えてよ」


きっと、意味もなく黙っているのだろう。

俺の反応を見て楽しんでるようにすら見える。

少しの沈黙の後、鏑木は口を開いた。


「何かの縁かなって思って」

「え?縁?」

「そう。縁。私たち昨日たまたま入学式の前に会ったでしょ?」

「うん」

「それで、友達になった。だから、何かの縁かなって思ってさ」

「え、それだけ?」

「うん。それだけ。それに、青柳くんなら頼りになるかなーって思って」

「……そうなんだ」


頼りになるって、知ったような口を。

むしろ手間を増やしてしまうだろうに。

いずれ、鏑木には色盲だとバレてしまうだろうな。いっそ、今言ってしまおうか──


いや、まだその必要はないか。


「じゃあ、私こっちだから」

「ん?ああ、また明日」

「また明日ー」


分かれ道を俺は右に、鏑木は反対に。思ったよりも早い別れであったが、聞きたいことも聞けたので良しとしよう。


明日は早速テストがある。

このテスト結果で英語や数学の授業のクラスが決まるらしい。今日は家に帰ってぼちぼち勉強することにしよう。












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