モノクロの方がよく見える
@misatoaoi
第1話 白黒
この後高校の入学式があるというのにも関わらず、俺は桜の木の下で足を止めていた。
俺はリュックからインスタントカメラを取り出して、そのレンズを桜の木に向ける。
別に、元々桜を撮ろうと思っていたわけではない。たまたま通学路に桜の木を発見したのだった。
シャッターの音が聞こえると、少ししてカメラの内側からフィルムが出てくる。
フィルムを取り出して両手で挟むようにして温めていくと、だんだんと白黒の被写体が浮かび上がってきた。
まだ散る気配もない。大きくて、迫力のある、満開の桜だった。
毎年のように、満開の桜には圧倒される。
でも、満開の桜なんてせいぜい二週間で見られなくなる。
今年はこの場所で、始まったばかりの、後少しの桜を見届けよう。
現像された写真を軽くチェックした俺は、いつものようにアルバムへ閉じようとして、手を止めた。
よく見ると、桜の木の横に何かが写っていた。
それは、女の子だった。
たぶん、年は同じくらい。どこか見覚えのある制服に身を包んでいる。モノクロのカメラだから色味もわからないし、表情も曇っている。
しかし、別に気にする必要もないだろう。
この写真のメインは桜なのだから、たまたま映り込んでしまった少女なんてむしろわかりづらい方が味がある。
俺はフィルムを桜の木に並べるように
うん。いい写真だ。
ふと、頭上からいきなり手が伸びてきて、俺の持っていたフィルムをさらっていった。
「あっ」と思わず声が漏れる。
振り返ると、そこには同年代と思われる女の子が立っていた。
少し高い位置で結んだポニーテールと、ぱっちりとした瞳に思わず目が奪われる。
なんなんだいきなり。と思ったのも束の間、顔を見て俺はすぐにピンときた。
おそらくだが、俺の写真に写りこんでしまったのはこの子だろう。
ここで俺は、一つ重要なことに気が付いた。
しまった!これではまるで俺が盗撮をしたみたいではないか。
女の子は俺から奪った写真をじっくりと眺めている。
ここはどうにか誤解をといて、写真を取り返さねばならない。
「あのー。それ返してもらえませんか?」
俺はダメもとでお願いしてみるも、じろりと見つめられ
そして、数秒の時が経つと、女の子はいきなり写真を俺の前に突き出してきた。
「ここに写ってるのって、私だよね?」
俺は写真と女の子の顔を交互に見比べてみる。
すると、案の定写真には目の前の女の子に酷似した顔をした人が写っていた。
写りが悪いとはいえ、それくらいの認識はできた。
ちゃんと説明をしないと盗撮の誤解も晴れないだろう。いやしかし、こちらから言わせてみればむしろこの子が勝手に映り込んできたとも言えるのではないか。
よし、ここらでガツンと言ってこちらの無実を晴らしてやる。
「そ、そうみたいですね。でもこちらから言わせてもらうと――」
「でも!なんですか?」
「い、いえなんでもないです」
くそっ!こうなったらこちら側が圧倒的に不利だ。
女の子はもう一度写真をじっくりと観察している。
この時の俺は、彼女が怒りを
体感五分。実際には一分程度の時間が経ったとき、女の子がいきなり口を開いた。
「ふーん。まあいいけどね」
「え?」
許された……のか?
俺が思ってもない返答に驚いていると、女の子は俺から盗った写真を返してくれた。
「いいんですか?」
「うん。きれいな桜に免じて許してあげる。それに、別に私を撮ったわけじゃなかったみたいだし」
どうやら自分がたまたま写ってしまったことに気がついたらしい。
この子には是非あらぬ疑いをかけたことを謝ってほしいものだ。
まあ何にせよ、盗撮だなんだと通報されずに済んでよかった。
俺は受け取った写真をアルバムへ閉じる。
「でも、今時白黒のカメラなんて珍しいね」
写真を見て疑問を持ったのだろう。女の子はそう呟いた。
確かに、最近は誰でもスマホを持ってるし、わざわざカメラを持ち歩く人なんて少ないだろう。それも、モノクロのカメラなんて特に。
「母親から貰ったものなんですよ」
一言。こうとしか言えなかった。
「普通のカメラじゃなくて、わざわざ白黒のやつを?」
「そうですね」
「君がそれを欲しがったの?」
「そういうわけではないんですけど」
女の子は俺の言葉にあまり納得のいっていない様子だった。
まあ、それはそうだろうな。
俺みたいな、ちょっと特殊な人間のことは想像しにくいのだろう。
「白黒が好きなの?」
女の子はまだ質問を続けるつもりらしい。
正直めんどくさいな。
「普通です。好きも嫌いも特に」
「スマホは?」
「持ってます」
「カメラが好きなんだ?」
「それは……そうですね。すぐにフィルムが出てくるのが好きなんです。それをアルバムに閉じていくのが、その瞬間に見て感じたものを閉じ込めておける気がして」
俺はつらつらと話すことで会話の終わりを誘発してみる。
だいたい、人間というものは自分が思っていた以上の返答が返ってくると、気圧されてしまうものなのだ。
「そうなんだ。……センスいいね」
なんだ今の間は。
その言葉は単純に褒めているのか、それとも今時モノクロのカメラを使ってることに対するアイロニーなのか。
女の子の表情からその真偽を読み取ることはできなかった。
しかし、予想通り会話にピリオドを打つことに成功した。
会話が止まった気まずさからスマホを手に取ると、入学式まであまり時間が無いことに気がついた。
よし、退散するには絶好のタイミングだ。
「すみません、あまり時間が無いのでこの辺で失礼します。勘違いさせてしまってすみませんでした」
一刻も早くここから立ち去りたかった俺は、軽く頭を下げてから急いでカメラをしまい、先を急ぐことにした。
「あ、待って!」
俺は女の子から呼び止められる。まだ何かあるのだろうか。いちゃもんだったらすぐに逃げてやる。
「その制服、
思ってもみない発言に俺の体は硬直する。
「はい。そうですけど」
「私もそこが目的地なんだけど、よかったら一緒に行かない?」
な、なんだって⁉
どうりで見たことあるような制服だと思ったが、まさか同じ高校だったとは。
一緒に学校に行くという提案は、正直に言うと断りたい。切実に。しかし、目的地が同じだというのに断るのはいささか失礼な気もする。それに、盗撮まがいのことをしてしまった以上、ここで相手の機嫌を損なうのはリスクでしかない。
「いいですよ。でも、時間が無いので少し急ぎましょう」
「うん!」
歩き始めてふと、さっきの言葉に引っ掛かることがあった。
「そういえば、どうして俺が一年生だってわかったんですか?」
もしかして、俺はパッと見て一年生っぽいのだろうか。確かに背も低い方だけれど。
「え?だって、ブレザーだし。今年から制服変わったの知らない?」
「え、そうだったんですか」
「うん。だから、男子の先輩達はみんな学ランだよ。女子の制服もデザインとか、色とかが少し変わってるの」
知らなかった。お店に行った時は、椿高校の制服をくださいと言ったらこれが渡されたから。きっと制服に見覚えがあったのも、その店で見かけたからだろう。
俺は目の前の女の子の着ている制服をよく見てみる。
「もしかして、一年生ですか?」
「うん!そうだよ。だから、話す時も敬語じゃなくていいよ。同い年なんだし」
まさか、同じ一年生だったのか。最初は雰囲気からてっきり先輩かと思っていた。背も、俺と同じくらいか、少し高いくらいだったし。
それより、彼女はもうすっかり俺と友達であるかのような話し方に変わっている。
同じため口でも最初はもっと高圧的で、逆に今はむしろ友好的だ。
「そうだね。これからよろしく」
「こちらこそよろしくね!っていうか、さっきは疑ってごめんね」
「ああ、大丈夫だよ。疑われる俺も悪かったから」
「そう?じゃあ、早く学校行こっか。クラス表見たくない?」
そう言って彼女は小走りで学校へと向かっていく。
「あ、待って」
今度は俺が彼女を引き留める形となったことに気が付いた。
「ん?どうかした?」
「せっかくだし、名前。教えてくれない?」
「ああ、そうだね。私は
「俺は
***
高校生活の一日目は早々に終わり、俺はもう家に帰ってきていた。
今日の授業では簡単な自己紹介をしただけで、特に何かをすることはなかった。
正直な話、元から知っている人を抜いたら、三人くらいの名前しか覚えることができなかった。しかし、それはこれからゆっくり覚えればいい。
そんなことより、まさか入学式の前から知り合いができるとは思いもしなかった。友達と呼んでもいいのだろうか。
全くの想定外だったが、嬉しい誤算だ。
学校生活なんてものは知り合いや友達多いにに越したことはないと思っている。
特に俺の場合、困ったときに手を貸してくれる人は多い方がいい。
その理由は、俺が色盲だからだ。
昔から、俺は色を認識することができない。
見えてる世界はいつも同じ色で、ほとんど変化はない。
色盲にもいろいろ種類がある。
主なタイプは、赤系の色の区別がつきにくくなる症状や、緑系の色の区別がつきにくくなる症状。そして、隣接するものの区別がつきにくい色弱の三つを含めた『
これらの症状は見えにくい色が存在しているが、まるっきり色が見えないわけではない。色盲の症状の大半は、これらが占めている。
しかし、稀にだが、全く色の見えない『全色盲』という症状を持つ人間が存在する。
――それが、俺だ。
そもそも、色盲には先天性色覚異常という生まれつき色覚異常を持っているタイプと、何らかの原因で後天的に発現する後天性色覚異常というものがある。
全色盲の人間は基本的には前者であり、生まれつきなことが多い。
でも、俺の場合は後者だ。それに、全色盲の人間はそもそもの視力が著しく低くほとんど見えないのに対し、俺の視力は少し低い程度。コンタクトや眼鏡をすれば正常な目とほとんど遜色なく見ることができる。本当に稀なケースらしく、前例は聞いたことがない。
今のところ治る未来はないが、どうしようもないことだ。
ただ、だからといって介助が必要なほどではない。
やはり、視力が残っていることが本当に大きく作用しているのだろう。不便だが、生活はできる。
だからこそ、学校では俺が全色盲だと自ら発信することはしたくない。
もちろん、俺との関わりがあるであろう先生方には伝わっているし、小、中学校の同級生なら知っているやつもある程度はいる。困ったときは彼らに頼ればいい。
もし最初から俺が全色盲の人間だと知れたら、俺は周りから気を使われるだろう。ありがたいことだけど、俺はそれを望まない。
俺が望むのは、必要以上の注目を浴びず、みんなと同じように学校生活を送ること。
ただ、単純に
「今の俺、気を使われてるな」
って思うのが、申し訳なくて嫌なだけだ。
これからの学校生活、俺はみんなと同じ景色を見たい。
ふと、今日撮った桜の写真をアルバムから出して眺めてみる。
いつかこの桜が、白黒で無くなる時が来るのだろうか。
来ないかもしれない。でも、来たらいい。来て欲しい。一度でもいいから見てみたい。この桜の色を、この目で。
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