【仕込みノート:冬】
黒蜜と、スパイスと、あたたかな孤独のレシピ
十二月。
吐く息が白く、工房の天井からは薄い結露が垂れ始めた。
今年最後の仕込みは、「抱きしめる味」にしようと決めていた。
外は寒くても、この一杯で心がほどけるような。
そんなビールが、冬には必要だ。
選んだのは、黒蜜。
深く濃い甘さに、ほんのりとした苦味と焦げ香がある。
そこへ、クローブ、シナモン、オレンジピールを加える。
「この香りは、“暖炉の会話”だ」と修二は呟いた。
➤ スタイル:スパイスドスタウト(高焙煎/低炭酸)
➤ 蜂蜜投入:初期段階+瓶詰直前に2回添加
➤ 香り調整:シナモン強すぎ注意(5g/10L以下)
➤ 味の構成:深い甘み→温かいスパイス→静かな苦味
初期の試作では、スパイスが主張しすぎて「カレーの香り」と言われた。
その言葉に苦笑しながらも、修二は配合を調整し続けた。
冬の味は、濃くあってほしいが、しつこくあってはいけない。
体を温めるものであり、心に染み込むもの。
三度目の試飲で、香りと甘みがほどよく重なった。
口に含んだ瞬間は「黒蜜の温度」。
そのあと、スパイスがふわりと広がり、
最後にほろ苦さが舌に残る。
「……この味は、“誰かを思い出す夜”の味だ」
修二は、工房の窓を見ながらそう呟いた。
雪が降り始めていた。
音もなく、ただ世界をやさしく包むように。
ノート記録:冬
「黒蜜は、時間を味に変える素材だ。
長く煮詰め、濃くして、やさしさを閉じ込める。
スパイスは、記憶の温度調整。
この冬の一杯は、“ひとり”を包むための泡だった。
苦さがあっても、甘さで終われば、それでいい。」
◆ イラスト欄:
湯気の立つグラスと、その中で浮かぶシナモンスティック
「冬のビールは静かに話す」と添えられた手書き文字
ストーブの前で飲む人の後ろ姿(小さな絵)
『泡と蜜のノートブック』―日ノ杜の職人が綴る、泡と記憶の物語― Algo Lighter アルゴライター @Algo_Lighter
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます