【仕込みノート:秋】

栗蜜と、火のような余韻のレシピ


十月。

空気が澄み始め、町の山影に赤みが差す。


杉山のもとから届いたのは、栗の花から採れた濃密な蜂蜜。

蓋を開けた瞬間、香りが鼻を打った。

甘いというより、どこか燻した木のような深さを持っている。


今年の秋ビールは、この栗蜜を中心に、焙煎したエール麦芽をブレンドすることにした。

目的はひとつ。

「火の味」がするビールを作ること。


➤ スタイル:アンバーエール(中焙煎)

➤ 焙煎麦芽比率:20%(標準の2倍)

➤ 蜂蜜添加:終盤発酵中(温度22℃)でゆっくり加える

➤ 味の方向性:香ばしさ、微かな焦がし甘み、長い余韻

➤ 留意点:「甘さ」はなくていい。“焦げ”が主役


初日の仕込みで、香りが強すぎてバランスを崩した。

麦芽の苦味が前に出すぎ、蜂蜜の輪郭が曖昧になった。


だが、修二は焦らなかった。

この仕込みには、“未完成の良さ”があることを知っていた。


栗蜜の個性は、香りではなく、喉の奥に残る“輪郭”にある。

飲み干したあと、喉の裏で甘さがじんわり広がる感じ。


「この余韻は、“火”なんだ。

暖炉じゃなく、たき火。もっと素朴で、不安定な熱だ」


三度目の試作。

タンクから引き上げた試飲グラスを、一口飲む。


舌の上でじわりと広がり、喉の奥で甘く燻る。

飲み終えたあと、数秒してから鼻に戻ってくる香り。


それは、秋祭りの夜に立ちのぼる焼き栗の煙のようだった。


ノート記録:秋

「栗蜜は、火に似ている。

主張しすぎると焦げるが、温めれば心に残る。

この味は“余韻”がすべて。

秋のビールは、静かに記憶に染み込むことが使命だ。

泡が立ったあと、まだ残っている何か——

それが、この季節のビールの“炎”だ。」


◆ イラスト欄:


焚き火のイメージと、その上に浮かぶビールの泡


「火の味は、言葉にできない」という手書きメモ


祭りの屋台風景を描いた走り描き(焼き栗、金魚、提灯)

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