殴るから、愛。
サトウ・レン
愛は暴力で、暴力は愛だ。
えっ、なんで殴るのか、って。
もちろんきみのことは嫌いじゃない。きみは何か勘違いしている。愛は暴力で、暴力は愛だ。そうだな、きみに昔話をしよう。僕がまだ小学生だった頃の話だ。担任の先生は角刈りで強面で、大学の時は柔道ですごく有名なひとだったらしい。僕の憧れのひとだ。あれから何年も経ったけど、ずっとその気持ちが変わることはない。あぁいや、ごめん。もちろんきみのことも愛しているよ。どちらかが上か下か、なんてことはない。愛に順位なんて付けてはいけない。暴力に順位を付けてはいけないように。
クラスのみんなは先生のことを怖がっていたけど、僕はひとつも怖くなかった。だって先生は愛に溢れているひとだったから。僕に愛を教えてくれたひとだったから。
愛は暴力だ、と教えてくれたひとなんだ。
先生は何かあると、いつも僕たちを殴った。たぶん殴らなかった日のほうがめずらしい。大体、誰かは殴られていたし、その中でも特に僕は殴られた。僕は浅はかにも、殴られているから、嫌われているんだろう、と思った。だけどそれは逆だったんだ。僕は一度、泣きながら先生に聞いたことがある。先生、先生は僕のことが嫌いなんですか、って。そしたら先生はなんて言った、と思う?
「違うよ。俺はきみを愛しているから殴るんだ。どうでもいい奴のことなんて絶対殴らない」
そう言われて、僕は今まで殴られるのが嫌だった、と思ってきた自分を恥じた。こんなにも先生は僕を愛していたのに、なんで僕は分からなかったんだろう、って。それからは殴られるのが嬉しくなった。感謝の気持ちでいっぱいになった。
つまりね、そういうことなんだよ。
暴力は結局のところ、愛なんだ。だから僕はきみを愛しているし、愛しているからこそ殴るんだ。そして殴るからこそ、僕の愛情も強くなっていく。きみを愛している。その腫れ上がった頬も、手の痕の残った首も、鼻から垂れ落ちる血も、すべて、愛おしい。それがあるからこそ、僕も自分自身の中にあるきみへの愛を確信するんだ。
なんで黙ってるんだよ。
ちゃんと僕の言葉に返事しろよ。
へ、ん、じ、し、ろ、よ。
返事しろよ!
本当に何も言わないんだな。……あれ、先生。こんなところになんでいるんですか。えぇ、小学生の時以来ですね。あれから何年経ったんでしたっけ。ってか、なんで僕の家を知っているんですか。当時の同級生に聞いたんですか。あれ、でも、僕、誰かに家の住所を教えた、っけ。ただすごく不思議なんですが、どうして先生は僕が小学生の時と、ひとつも顔が変わらないんですが。
……どうして先生、謝るんですか。
やめてください。先生はずっと僕を殴ればいいんです。
僕を抱きしめないでください。僕を撫でないでください。僕の涙を拭かないでください。優しくしないでください。今までの僕を否定しないでください。僕を許さないでください。
俺が間違っていた、ってなんですか。
俺の二の舞は演じるな、ってなんですか。
意味が分かりません。僕も先生も何も間違っていません。愛したから殴った。その感情を本当に否定できる人間なんていますか。お願いです。先生は毒されているんです。暴力は駄目だ、と思考停止して、馬鹿のひとつ覚えみたいに繰り返す奴らに。だって僕たちは暴力で、愛を確かめあうことができたじゃないですか。
今さらすぎますよ。
だって僕は――。
「そう言えば、何か月か前に、『庭に死体』事件があっただろ」
「なんですか先輩。急に。あれですよね。先輩の家の近くで起こった、っていう。確か孤独死した老人の家の庭に不自然な箇所があって、警察が掘り起こしてみると、白骨死体がでてきた、ってやつ」
「あぁ、で、その白骨死体はずっと昔に行方不明になっていた奥さん、ってやつだよ。あそこ結構なゴミ屋敷で有名だったけど、死体を隠すためだったんじゃないかな」
「うわぁ、ゴミ屋敷」
「で、さ。あの事件の新情報を手に入れたんだ」
「新情報?」
「同じ庭から別の死体が出てきたんだって。で、それが小学生の死体だったらしい」
「小学生の死体? それもそのおじいさんが?」
「いや、俺は違うんじゃないか、って思ってる。実はそこの前の家主も自殺で死んでるんだけど、そいつが殺したんじゃないか、って。前の家主は昔、小学校の先生をしていたみたいで、過剰な体罰で知られたひとなんだってさ。そのひとのクラスで、ひとり行方不明になっている子がいるそうだ。それからちょっとして、その先生はやめたらしい。まぁ恐ろしいほど昔の話なんだけど」
「絶対、関係ありそうじゃないですか。ってか、どうして先輩、そんな詳しいんですか」
「いや気になって、素人探偵にでもなったつもりで調べてみたんだ。たまたま警察の知り合いもいたから、こっそり教えてもらった部分もある」
「好奇心は猫を殺す、とか言いますから、気を付けてくださいよ」
「好奇心ついでに、なぁサトウ。良かったら、俺とあの家に忍び込んでみないか。絶対に幽霊が出そうな気がするんだ。ほら、お前、小説書いてるんだろ。面白い体験ができるかもしれないぞ」
「嫌ですよ。絶対、茶化すように心霊スポットに行って死んじゃう大学生AとBになるじゃないですか、僕たち」
殴るから、愛。 サトウ・レン @ryose
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます