トラフフォビア
脳幹 まこと
誰か教えてください
店の待ち時間。
視線のやり場に困って、スマホの最新ニュース欄を見てしまったのがまずかった。
そこには、あらゆる悲報を固めてもなお届かないであろう絶望――南海トラフ地震の新被害想定が映っていた。
マグニチュードは最大で9.0、震度6弱以上が24府県600市町村、最大の震度7が10県149市町村に渡って発生する。
これにより過去類を観ない大津波が発生。3メートル以上が25都府県、10メートル以上が13都県。高知、静岡に至っては30メートルを超える可能性すらあり、マンションの10階にいても飲み込まれることになる。
死者は29万8000人、1230万人が避難を余儀なくされる。
経済被害は270兆3000億円にものぼる。しかも、これはライフラインや交通機関が数年から十数年の長期に渡って壊滅することを意味する。
この絶望が、30年の間で80%の確率で発生する見込みらしい。
笑えない。
なんだこれは。茶化す気にすらならない。
精神科医の安克昌氏は著作「心の傷を癒すということ」でこのような記述をされている。
〇
地震による建物の破壊、身近にむきだしとなった生死のありさま……、それらはあまりにリアルな、疑いようのない事実としてある。圧倒的な地震体験や破壊された事物を前にして、人々はことばを失った。さまざまな感情がわき起こっても、ことばで表現できなかった。私は、ことばにすると嘘になってしまうと感じた。ことばを失わせてしまうほどに、リアルなものは情け容赦がない。
〇
阪神淡路大震災による被害を目の当たりにした著者が表現した言葉だ。
このリアルに触れてしまった人は、希望的な観測や幸福、理想といった言葉に対し、拒絶にも近い反発を抱くのだという。これをリアル病と名付けている。
私は幸運にも、震災に深く関わることなく生きてこられた。だから、ことばを失うという状況を、本当には理解できていないのかもしれない。
しかし、これだけははっきりと分かるのだ。おそらく、実際に起きるまでもなく、私はことばを失うだろう。これは、私だけではなく、多くの人がそうなる。
地震恐怖症というものがある。地震が起きた時のパニックもそうだが、「もし起こったら……」という恐怖で夜も眠れなくなる症状もあるらしい。そして、これは
しかし、この絶望は、多分地震恐怖症というものとは切り離して考えるべきだと思う。有り体に言ってこれは、
だからこそ私は「トラフフォビア」という新たな言葉を作るべきだと、割と真面目に思っている。
トラフフォビア 脳幹 まこと @ReviveSoul
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