娘の幸せを願って
一ノ瀬 夜月
回想
王城の外へと向かう馬車を眺めながら、我と妻のフェリシアは短い言葉を交わす。
「あの子は幸せだったのだろうか?」
「私達では、シンシアの気持ちを完璧に理解することは出来ません。ただ、そうであって欲しいですね。」
フェリシアの返答を聞いた後、過去の記憶を呼び覚ます。それは、シンシアを養女として迎え入れた時のこと———
◆◇◆◇
元々、シンシアは我の弟夫妻の娘だった。しかし、不運にも夫妻は水難事故で他界。たまたま体調を崩して療養していた、幼いシンシアだけが残ってしまった。
シンシアを誰が引き取るか、数日の議論がなされた。妻側の親族の狙いは一目瞭然だった。王家の血筋を取り込みたいという欲望が見え透いていた。当時、我は王位継承前の第一王子で、弟は第二王子。弟が亡くなったとしても、その娘は当然王家の血を受け継いでいる。だから親族として迎え入れ、自分達の地位を高める為の道具として扱う。
そのような理不尽に晒されるあの子を見ていられなかったから、あの子を我々が引き取ると言った。しかし、我々夫妻も問題を抱えていた......
「シンシアを引き取ったことを後悔はしていない!だが、あの子の人生の選択肢を狭めてしまったのかもしれない。」
「貴方は間も無く、王位を継承しますものね。そうなると、シンシアは王女として生きていくことになります。自由な生活は、望めないかもしれませんね。それに、私も一つ悩みがあります。」
「実の息子であるセオドアと、養女のシンシアに対する接し方をどうすれば良いかといったところか。」
「えぇ、セオ......セオドアには期待していますよ。後継者ですもの。」
「我も同意見だ。だが、シンシアに同等の期待をする訳にはいかないからな。どうしたものか。」
「これだけは言えます。絶対に、孤独を感じさせてはいけません。家族の行事は一緒に参加しましょう。」
「うむ。娘として引き取ったのだから、相応の関係を築けるよう、善処しようと思う。しかし、我らが口を挟みすぎるのも逆に窮屈だろうか。」
「ですよね......付かず離れずを心掛けていきましょう。」
◆◇◆◇
それから十数年、我々の近くでシンシアは健やかに成長した。心配していた兄妹間の格差は、セオドアが精神的に成熟していて、突如として現れ、養女となったシンシアに対して不満を抱かなかったこと。それから、シンシアが素直に感情を表現する子だったから、不満があれば我やフェリシアに相談をすることで対処出来た。我と妻が気負いすぎていたのかもしれないと思わされるほど、兄妹間の関係は良好だった。
しかし、王女として生活することに対しては、どう思っていたのか分からない。本人から何かを言われたことが無いのだが、それは不満に思っていない故か、もしくは我慢しているからなのか......
あの子の本心が分からないまま、シンシアは結婚適齢期を迎えた。後継者ではないにしろ、王女としての責務がある。有力な貴族や周辺国の王族と結婚し、縁を結ぶことが必要だった。だが、我もフェリシアも、強制的に結婚させることはしたく無かった。
だから———
「シンシア、これから婿候補の方々と顔合わせをして、親睦を深めて欲しいのです。一番気が合うと思った方と貴方が結婚するために。」
「お母様やお父様ではなく、私が選ぶの?」
「うむ、候補者は皆充分な人材だからな。誰を選んだとしても、我々は祝福しよう。」
「×××××」
「シンシア、何か言ったか?」
「いえ、お気になさらず。良い相手を探します。」
◆◇◆◇
それから半年後の今日、シンシアは結婚の為に王城から出て行った。その姿をフェリシアと見送り、短い言葉を交わした。しかし、今だに我は分からない。あの子は、幸せだったのか。
完
娘の幸せを願って 一ノ瀬 夜月 @itinose-yozuki
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