15 洋菓子店

 二人は吊り橋を渡らずに引き返した。教会の前を通り過ぎて、来た道をしばらく歩き、どちらからともなく、ハジロの洋菓子店に立ち寄ることになった。


「大麻の栽培は大変?」


「そうだな。体力的にもしんどいし、全ては天候次第だ。どれだけ順調でも、たった一晩の嵐で、なにもかもが台無しになることだってあるし」


「やるせないね」カシグネは俯く。「ねえ、こんなふうに聞いたら怒るかもしれないけど、大麻農業って変な目で見られたりするでしょ? 偏見っていうか」


「ああ」


「そんなとき、イサミ君はどう感じてるの?」


「とくに気にしない」そっけなくイサミは言った。「言わなきゃわからないってことは、言ったってどうせわかりゃしないって思うから」


「そっか」カシグネは柔らかなおくれ毛に指を絡めた。細い髪は、すぐにほどけて風に舞った。「なんとなくわかるかも」


 ハジロの洋菓子店に着くと、二人は長椅子に並んで座った。シュークリームをかじり、ハジロが淹れた熱い薬草茶を飲んだ。


「もう、冬ですね」カシグネは両手を陶器のマグカップに添えて言った。「お茶の温かさが身体に沁みます」


「冷え性にも効果があるんだよ」ハジロは微笑む。「今日は二人なんだ」


「うん。教会に行ってみたんだ。あと、奥の吊り橋に」


「吊り橋?」ハジロは煙草に火をつけて、紫煙を吐き出しながら言った。「マットリに続く橋かい?」


「たぶんそう」


「橋は渡った?」


「ううん」イサミは薬草茶をすすってから言った。「肌寒くなってきたから、渡らずに引き返してきたんだ」


「そっか」ハジロは煙草を口に咥え、燃えさしを赤く染めてから、濃い紫煙をゆっくりとくゆらせた。「ねえ、カシグネさん、無理していない?」


 カシグネはハジロの目を見て動きを止めた。「どうでしょうか……。まだ、自分の中で折り合いがついていないことは沢山ありますけど、自然と前向きになれる日もあります。反対にひどく落ち込んで、身体にうまく力が入らなくなる日もあります。それでも、なんとかやってます。だって、いつだって次の日がやってきてしまうから。答えになってますか?」


「ごめんね、答えにくいことを訊いて」


「いえいえ」結わえた髪を左右に振ってカシグネは言った。「遠巻きにじろじろと見てくるだけの人がほとんどですから。面と向かって訊かれるほうが、よっぽど楽です」


「カシグネさんはきっと大丈夫だと、僕は思うよ」ハジロは目尻に皺を寄せて言った。「それに、イサミ君はきっと力になってくれるよ」


 イサミはハジロの顔を見てから、カシグネの横顔を覗いた。彼女はじっとハジロを見ていた。


「反対に、イサミ君がカシグネさんの支えを必要とするときもあるかもしれない」ハジロは口髭を撫でる。「そんな気がするよ」


 カシグネは曖昧に顔を傾けて、戸惑いの色を見せて何度かまばたきをした。小刻みにまつ毛が震える。ショーケースのコンプレッサーが、あたかも居心地の悪さを告げるように低く唸った。

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