第16話 協力体制(2)
「ガルス……?」
僕がぽつりと呟くのと同時に、彼が振り返る。その瞳にはいつもの高圧的な光が宿っていて、剣を片手に持ちながら苛立ったような面持ちを見せた。
「なんだ、あんたらか。このあたり、何もねえぞ。狭間があるって噂なのに、さっぱりだ」
勝手に話しかけてくるが、口調は荒い。僕は少しムッとしつつも、「僕らも同じ目的だよ。何もないのは僕たちも確認済みだけど」と返した。レアラは冷静な声で言葉を重ねる。
「あなた、本当に何の情報もなしに走り回ってるの? そんなに次元の狭間を探すなら、もう少し頭を使ったらどう?」
「うるせえ。俺には俺のやり方があるんだよ。……チッ、結局ここも外れか」
ガルスは舌打ちし、苛立ちを隠そうともしない。
僕は呆れ半分に彼の姿を見つめるが、その背には疲労の色がにじんでいるようにも見えた。きっと大した成果が得られず何日も走り回っているのだろう。
しかし、「そんな無茶をしてどうするんだ」なんて言ったところで聞く耳を持ちそうにない。レアラが、ため息混じりに地図を取り出し、「私たち、ある程度確度の高い場所を絞ってるの。デタラメに探すよりも効率がいいわよ」と言うと、ガルスは一瞬だけ目を見張る。
「ふん、確かに。地図があるなら話は別だな。どこで手に入れたんだ? まさか騎士団か?」
「さあ、そこは企業秘密というやつよ。少なくともあなたのように体力と根性だけで探すより、幾分マシってところかしら」
挑発めいたレアラの口調に、ガルスは顔をしかめるが、興味があるのも事実のようだ。目の端に浮かぶのは「これなら見つかるかもしれない」という期待感。僕は横から口を挟む。
「ねえ、ガルスさん。僕らも狭間を探してるんだ。あなたほど無茶はしたくないけど……協力すればもう少し早く見つかるかもしれないよ」
「協力、ねえ……俺は一人が気楽なんだが?」
「そう言うと思ったわ。だけど、一人じゃ万一のときに誰も助けてくれない。狭間の中でハイジンが大量に出たらどうするの?」
「くっ……」
ガルスは明らかに言葉に詰まる。狭間での危険性は前に共闘したときに痛感しているはずだ。あれほどの戦闘力を誇るガルスでも、単独で立ち回るのはリスクが高い。ここでレアラが畳みかける。
「次元の狭間が見つかったら、あなたも手柄を立てたいんでしょ? だったら、地図を頼りに行動したほうが効率的じゃないかしら。むしろ時間の無駄を省ける」
「……ふん、確かに、ただ走り回っても埒があかねえな。狭間を突き止められれば、どのみち実力は俺が示すことになる。いいだろう、一緒に動いてやる。報酬の分け前はあとで考えようぜ」
そう言うと、ガルスは大剣を肩に担ぎ、わざとらしく鼻を鳴らした。態度は尊大だけど、合流を拒絶しないのだから、実は思考の切り替えが早いのかもしれない。
「決まりね。私たちは次元の狭間を探し当てるまで、あなたと行動を共にするわ。まずは、ほかの候補地を回りましょう」
「チッ、まあいい。お前らが足手まといにならなきゃ、それでいいんだよ」
ガルスが乱暴に言い放つが、本人の苛立ちは少し和らいだように見える。僕は「これで少しは狭間に近づけるかな……」と安堵する気持ちと、「この態度、やっぱり扱いづらいな……」という苦笑まじりの思いが入り混じっていた。
いずれにせよ、一時的とはいえガルスを加えた三人で狭間探索を進められるのは心強い。やはり彼の剣技と戦闘力は確かなものだし、何より次回こそ本当に狭間が見つかるかもしれない。
「私たちは、一度ギルドへ戻って依頼の報告をするつもりよ。あなたはどうするつもり?」
レアラが手際よく地図をしまい込みながら聞くと、ガルスは「まあ勝手にしろ」とつぶやく。僕たちはそのまま森の奥を出て、街への帰路についた。
道中、ガルスは相変わらず無口で刺々しい。けれどその背中に漂う焦燥感は、もしかしたら彼なりの理由があってのことなのだろう。僕たちに協力を求める口実を作りたくない――そんなプライドがあるのかもしれない。どこか俯くように歩くガルスの姿を横目に、僕はレアラと目を合わせる。彼女も小さく首を振るだけで、何も言わない。きっと今は踏み込むべきじゃない話題だろう。
「じゃあ明日朝、森の外れで集合ね。遅れたら置いていくわよ」
森を抜ける手前、レアラが決定事項のように告げると、ガルスは「チッ、わかったよ」と悪態をつきながら先へ行ってしまう。僕たちは彼を見送り、落ち着いたところで顔を見合わせて苦笑する。
「気が重いけど、まぁ頑張るしかないね」
「ええ。狭間の攻略に関しては戦力が多いほどいいんだし。わざわざ衝突するメリットはないわ。どのみち、あの性格は簡単に変わらないだろうけど」
「だよね。じゃあ、僕たちもギルドに行って今日のクエストを報告しよう。準備は万全にしておきたい」
こうして、僕とレアラは森を後にし、街へ向けて足を進める。朝の清々しい空気が満ちていたはずなのに、ガルスを交えたやり取りですっかり息が詰まるような感じになってしまった。けれどこれも次元の狭間を突き止めるためには必要なこと。僕たちは前を向くしかない。
頭上の木々の隙間から、傾き始めた太陽の光が射し込み、淡い金色の斑模様が地面を照らしていた。森の葉を揺らす風はもう少し暖かみを帯び、朝が昼へと変わりゆく時間。夕方には報告を済ませ、装備や地図のチェックを改めてやることになるだろう。
その先に待つのは、次元の狭間――果たしてどんな脅威が潜んでいるのか。まだ僕たちには分からない。
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