第15話 協力体制(1)
朝の陽ざしがまだ穏やかな輝きを帯びている頃、僕とレアラはカルディラスの冒険者ギルドへと足を運んだ。ここ数日、あの猫獣人の情報屋ミリィから入手した地図を頼りに、次元の狭間の痕跡を探してはいるものの、確かな手がかりを掴めていない。僕らはまず、生活費を稼ぎつつ狭間探索も進めようと、ギルドで簡単なクエストを受けることにしたのだ。
「さて……どんな依頼が残ってるかな。相変わらず朝は賑わってるなぁ」
僕はロビーに足を踏み入れながら周囲を見回した。受付カウンターでは冒険者たちが列を作り、掲示板の前には依頼票を品定めしている人々が群れている。壁際のテーブル席では、パーティ同士の打ち合わせが行われているらしく、あちこちから談笑や舌打ちが聞こえた。
レアラはそんな喧噪に動じることもなく、すたすたと掲示板の方へ向かう。狐耳がピンと立ち、目を細めて掲示物をざっと眺めるその姿は、まるで図書館で本を探す研究者のように冷静だ。
「ふむ……素材採取や小魔物の討伐依頼がそこそこあるわね。報酬は低いけれど、移動と合わせてこなすにはちょうどいいかも」
彼女がそう呟くのに合わせて、僕も掲示板の端をめくってみる。羊皮紙に書かれた依頼一覧の中には、薬草採集、小型魔物の退治、そして物流の護衛などがいくつか見つかった。どれも長期間拘束されるほど大がかりではない。
「報酬は少ないけど、僕らにはありがたいよね。ついでに狭間の手がかりを探せば、無駄がないし」
「ええ。騎士団の動きは活発みたいだけど、まだ手が届いてない地域もあるだろうし、そこを中心に回ってみましょう」
レアラはさらりと言って、すぐに目当ての依頼票を剥がし取り、フロントへと向かう。
フロントカウンターの職員は、僕らの顔を見るなりにこやかに応対する。滞りなく手続きを済ませ、簡易的な契約書にサインをして、あっという間にクエスト受注が完了した。
「よし、支度を整えたらすぐ出発しようか」
「そうね。時間は大事に使わないと」
そうして、僕たちは軽く装備をチェックし、ギルドを後にした。依頼の対象は、カルディラス近郊の森の奥深くで育つ薬草の採集と、そこに巣食う鳥型魔物の討伐だ。
狭間……あの不気味な空間を生み出し、ハイジンという異質の怪物を放り出す謎の空間。ミリィからもらった地図によれば、被害地帯は調べられるが、どこに狭間があるのかを実際に突き止めるのは簡単じゃない。こうして地道に足を運び、少しずつ探していくしかなさそうだった。
※※※
街道を少し外れた場所に差しかかると、周囲の景色は一気に深い緑に包まれる。雑木林が生い茂り、ところどころ獣道のような細い通路が伸びているだけで、視界が悪い。鳥や虫の声が甲高く鳴き交わし、朝の清涼な風が枝葉を揺らしていた。
「やっぱり鬱蒼としてるわね。薬草を採る場所はこの辺りらしいけど……気をつけて進みましょう」
レアラが地図を広げながら言う。僕は頷き、剣の柄に手をかけた。念のため、いつ何が出てきてもいいようにしておく。
「鳥型の魔物が多いって書いてあったよね。あんまり強くないらしいけど、油断は禁物か」
「ええ。あなたと私が組めば難しくはないと思うけど……まあ念のためね」
そんな話をしながら森の奥へと足を踏み入れる。地面は柔らかい土で、ところどころ根が張っていて歩きづらい。枯れ葉を踏むたび、微かなざわめきが響くのが分かる。朝の光も木々に遮られて弱々しい。気を張っていないと足元からでも何かが飛び出しそうだ。
しばらく進むと、レアラが「ここが例の場所ね」と足を止めた。そこには小さな沼地のような湿り気を持つ地帯が広がり、周囲には独特の植物が生い茂っている。腰ほどの高さまである草が一帯を覆い、その中に青や紫の花をつけた薬草が見え隠れしていた。
「この薬草が目当てか。依頼書のイラストと似てるよ」
「ええ。でも匂いが独特だから、集めるときは気をつけてね」
そう言いかけたレアラの耳が、ぴこっと動いた。その瞬間、草むらの奥からバサッと音がする。僕は反射的に剣を引き抜き、そちらへ構えをとる。
すると、灰色の羽根を広げた鳥型の魔物が、数匹まとめて舞い上がった。くちばしが長く、目つきは鋭い。体躯は大きいもので人間の上半身ほどもある。短く鋭い鳴き声をあげ、こちらを威嚇するようにくちばしをカチカチと鳴らした。
「来たか……!」
「マコト、前衛お願いね。私も援護するわ」
レアラが詠唱の準備を始めるのを確認し、僕はぐっと腰を落として走り出した。鳥型魔物が羽ばたきながら斜め上から迫ってくるのを見据え、体を捻りながら剣を振る。
一匹目のくちばしが僕の肩口を狙って突き出されるが、アンデッドの体は予想以上にタフだ。突かれたとしても動きは鈍らない。剣を一閃し、見事に真ん中から胴体を斬り裂いた。
「やるわね」
レアラがそう言いながら、自らも闇属性の魔法を放つ。闇の塊が飛び、空中で魔物の翼を捉えると、魔物はバランスを崩して地面へ落ちた。
僕はすかさず踏み込んで追撃をかける。剣先を魔物の喉元に突き立ててとどめを刺すと、甲高い断末魔の悲鳴が森に木霊する。残りの個体も、こちらが思いのほか手強いと感じたのか、バサバサと慌てて飛び去っていった。
「ふう、こんな感じかな」
剣を収めながら辺りを警戒するが、もう襲ってくる様子はない。足元に転がった魔物の死骸は、クエストの証拠として一部を切り取ればいい。あとはさっさと目的の薬草を集めてしまおう。
「スムーズに終わったわね。じゃあ、薬草を手際よく採取して終わらせましょう。ここに長居しても疲れるだけだし」
「うん、そうしよう」
レアラと手分けし、沼の周辺で光沢のある青い葉を探す。僕はアンデッドの体とはいえ、沼の湿気に慣れず足下がずぶずぶ沈む感触が気持ち悪い。一方レアラは器用に立ち回り、汚れを最小限に抑えながら素早く採取していた。
それでも、なんとか規定量を満たした頃には、太陽が森の端まで昇り、空気もぐんと暖かくなってきた。僕は小さく伸びをしながら、手の泥を軽く払う。
「これで依頼分は集まったね。さて、狭間の痕跡は……」
「この辺をざっと歩いてみたけど、特に気配はなかったわ。ハイジンらしき怪物も見当たらないし、ここは外れね」
レアラが地図を広げながら残念そうに言うが、表情は淡々としている。狭間をそう簡単に見つけられないのは織り込み済みなのだろう。
「うん、仕方ない。じゃあ場所を変えようか」
「そうね。ほかにも被害報告がある地域が複数あるし、そっちへ移動しましょう」
そう声をかけあい、僕たちは沼のある低地を抜け、少し高台へ向かう道を選んだ。そこで荷物をまとめ、ギルドへ報告する前に一度だけ周辺を巡回しておこう――そう考えたのが、意外な出会いにつながる。
「……誰かいる?」
木々の合間を踏みしめながら奥へ進むと、人影が見えた。日光がまだ木漏れ日程度にしか差さない場所で、立ち止まっているのは――見覚えのある大剣の輪郭と、むき出しの腕。短く刈り上げた髪と鋭い眼差し。
「ガルス……?」
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