第12話 騎士団の影

 夕方の陽が街並みを赤く染める頃、僕とレアラはカルディラスの冒険者ギルドへと足を運んでいた。前回のゴーレム討伐の最終報告を済ませるためだ。とはいえ、すっかり日が傾き始めた時間帯のせいか、ギルドのロビーにはいつもより人が少ないように思える。照明がぽつりぽつりと灯る広い室内では、受付カウンターにいる数名の職員や、掲示板を眺める冒険者が見える程度だった。


「ねえ、マコト、そんなに深刻そうな顔をしてると、逆に目立っちゃうわよ? ほら、もう少し自然に笑っておきなさいな」


 レアラが横目で僕を見ながら、小声で言った。彼女はいつもと変わらず落ち着いた様子でギルドの中をスタスタと歩いていく、まるで隠し事なんてなにもないような雰囲気を醸し出しながら。

 カウンターに近づくと、フリスが仕事中にもかかわらず、にこやかに顔を上げてくれた。


「マコトさん、レアラさん。お疲れさまです。もしかして先日のゴーレム討伐の追加報告ですか?」


 彼女は慣れた手つきで書類を受け取り、さっと目を走らせる。僕たちが提出した最終報告の書類は、討伐証拠やクエスト達成状況を細かくまとめたものだ。


「はい。こちらが詳細の修正点です。あのゴーレムについては大筋で伝えていますが、若干の被害状況の補足や周辺トラブルの情報も追加で」


 レアラが手短に説明すると、フリスは「なるほど、ありがとうございます」と丁寧にメモを取った。


「これで報酬査定もスムーズに進むはずです。すみませんが、もうちょっとだけお時間くださいね。細かい計算はまだ残っていますから」

「いえいえ、こちらこそ。助かるわ」


 レアラが軽く頭を下げる。それを見届けたフリスは、ほっとしたように微笑んだ。


「ちなみに、お二人は最近、騎士団を街中で見かけませんでした? どうも最近、騎士団の姿をよく見るんですよね。聞くところによると『次元の狭間対策』を強化しているとかで……」


 この話題に、僕は思わず顔をこわばらせてしまった。


「確かに、騎士の巡回が増えてる気はするね」


 僕が素直に感想を言うと、フリスは少し声をひそめて続ける。


「王国の上層部から本格的な命令が下ったらしくて。次元の狭間関連のクエストは、今後ますます多くなるかもしれません。騎士団も冒険者の協力を得たいみたいですが、どうなることやら……」

「騎士団ね……」


 レアラが小声で呟く。その狐耳が微かに動き、僕の方へひそひそと口を寄せる。


「騎士団があちこちでうろつくようになると、私たちのことがバレる可能性が高まるわね……面倒なことこの上ないわ」

「うん、そうだね……うかつに騒ぎを起こさないように気をつけよう」


 僕は頷き、改めてアンデッドになってしまった自分の境遇を意識する。あのゴーレム騒動のせいか、騎士団は大きなクエストを次々発注しているらしい。それは悪いことじゃないけれど、今の僕らには穏やかじゃない話だ。

 先日のゴーレムに続き、これから何か大きな波が来る予感がする――そんな空気がギルド内に漂っているようだった。


 なんだか胸の奥がざわつく。僕とレアラは挨拶を済ませ、一度奥の掲示板の方へと足を向けることにした。



 ※※※



 ギルドのロビーを歩いていると、掲示板付近で数名の冒険者が妙に楽しそうに話している声が聞こえてきた。どうやら、どこかの噂話で盛り上がっているようだ。


「またガルスが無茶やってるらしいぞ」

「あいつ、次元の狭間を探してるって本当か?」


 ガルス――僕はその名を耳にして、すぐにピクリと反応する。

 あの独りよがりな態度と圧倒的な剣技――若干、嫌な記憶が少し蘇る。レアラは冷めた口調で肩をすくめた。


「ふーん、相変わらず孤高の天才ね」

「無謀なだけな気もするけど……」


 僕がぼそっと返すと、隣のテーブルで冒険者たちが会話を続ける。


「次元の狭間を探してるんだろ? あいつ一人で大丈夫なのかよ」

「さあな、でもガルスなら何とかしちまうんじゃないか?」


 その言葉にあちこちから苦笑いがこぼれたが、誰もガルスの真意を知る者はいないらしい。


「……あいつ、次元の狭間をどうしてそんなに探してるんだろう」

「さあね。単に強敵相手に腕試ししたいだけなんじゃない?」


 レアラが呆れた声で言う。

 ガルスはガルスで、独自の考えがあるのかもしれないけど、そんな単独行動は周囲を巻き込む危険だってあるはずで、どうにも落ち着かない気分になる。


 掲示板の張り紙や依頼票を確認していると、フリスがカウンターの奥からこちらを呼び止めた。


「すみません、マコトさん、レアラさん、ちょっといいですか?」


 再びカウンターに向かうと、フリスが周囲を見回しながら声を潜めて教えてくれる。


「さっきのゴーレム討伐の現場、あの辺りでまた別の異形の怪物が出たそうなんです。報告書にはハイジンかもしれないって書かれていて……」

「ハイジン?」


 僕は一瞬耳を疑った。先日の狭間での激闘を思い出して、心臓のない胸が妙に重苦しくなるのを感じる。


「……この世界に馴染まない力を宿してる分、普通の魔物より厄介って話だったよね」

「詳しいことはまだ分からないんですけど、その地域に次元の狭間がある可能性が高いと言われていて。ギルドとしても早めに対処したいんですが……ちょっと手が足りなくて」


 フリスが申し訳なさそうに眉を寄せた。フリスの声にはどこか責任感が滲んでいて、僕の胸にも何か冷たいものがせり上がるのを感じた。


「もう一度、大勢で対処できればいいんだけど……。前回みたいに運良く人が集まるとは限らないよね」


 そう呟くと、レアラが厳しい表情で答える。


「私たちだけでも何とか対策を考えないと。騎士団だけに任せているわけにもいかないわ」


 確かに、報酬のためだけじゃない。世界をまた滅びに追い込むような脅威を見過ごしてはいけないという気持ちが、僕の中に渦巻いていた。アンデッドとして蘇った身体で、今度こそ誰かを守れれば――そんな思いが強くなる一方だ。



 ※※※



 追加の情報をもらってギルドを出たとき、外はすでに橙色の夕暮れが深まり始め、街並みが長い影を落としていた。行き交う人々もそろそろ帰路につき、店じまいする露店の姿がちらほら見える。僕たちは隠れ家へ帰る道をゆっくり進みながら、今後の行動を話し合った。


「騎士団が本格的に動き出すのは、ある意味ではいいことかもしれない。ただ、あまり目立つと私たちのことがバレかねない。注意しないとね」

「そうだね。でも……何もしないわけにはいかない。ハイジン被害をこのまま放置したら、また大勢が苦しむかもしれない」

「ええ、私も同じ考え。そうなったら私が死霊術を習得した意味がないもの」


 彼女の金色の尻尾が風に揺れて、ふわりと僕の腰のあたりをかすめた。夜が近づき、微かな冷たい風が通りを吹き抜ける。


「とりあえず、暮らすためにも小さい依頼は受けて報酬を得ないといけないわね。その合間に狭間やハイジンの情報を調べて、対策を練る感じかしら」

「うん。ガルスも単独で動いてるらしいしね」


 僕がそこまで言ったところで、レアラが急に足を止めた。まるで胸の奥に秘めていた思いがこぼれそうになったように、夕陽の光の中で瞳をわずかに揺らしていた。

 そして、夕日に照らされた表情をこちらに向ける。


「……やっぱり、私たちで先に偵察をしてみましょう。騎士団が下手に動く前に、ゴーレムの元凶となる次元の狭間を突き止めたいの」

「偵察、か……。確かに誰も動かないなら、自分たちで場所を探すしかないよね。でも大丈夫かな? 二人だけで狭間を見つけたところで、本格的に戦えるか分からないよ?」


 僕は率直な不安を口にする。レアラは軽く笑った。


「もちろん、今すぐ突っ込もうってわけじゃないわ。場所の特定と周辺の情報収集だけ。もし本当にハイジンが潜んでいるなら、それを討伐するかどうかは状況を見て判断しましょう」

「そうだね。分かった。僕も手伝うよ」


 僕は決意を固めるように頷く。偵察なら、なんとかやれそうだ。


「じゃあ、具体的にどう動くかは……明日以降に考えましょう。今からすぐ準備ってわけにもいかないしね」

「うん、そうだね。明日から頑張ろう」


 軽く笑い合いながら、俺たちは薄暗い街を抜けていく。夕焼けから夜へと移り変わる空の色が、どこか物悲しくも美しい。こんな穏やかな景色がずっと続くほうがいいのに――次元の狭間やハイジンがいる以上、そんな理想はまだまだ遠い。

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