第9話 怪しきゴーレム討伐
ゴウッ……と腕を振り回すだけで、そこにあった荷車が吹っ飛び、横転してしまう。それはまるで怪力の巨人が暴れているみたいだ。近くの冒険者が「うわっ!」と悲鳴を上げて転がったところへ、ガルスが大剣をスラリと抜き放つ。
「ほら、目覚ましの時間だ、化け岩ども。てめえらまとめて叩き潰してやる!」
本人は呆れるほど強気だが、その実力は本物らしい。ゴーレムの腕を受け流しつつ一瞬で懐に飛び込み、その巨体を豪快な一撃で砕いた。岩が爆ぜる音とともに破片が雨のように降ってくる。思わず息を呑んでしまうほどの剣技だ。
「すごい……」
「……ね」
僕とレアラが呆然としていると、ガルスが片目だけこちらに向けて「ふん」と鼻を鳴らす。しかしその隙を突いたかのように、さらに別のゴーレムがガルスの背後を狙って襲いかかる。数が多い。周囲には二体、三体……いや、もっといる。
「まずいよ、囲まれてる!」
僕は急いで前へ出た。ゴーレムの腕がぶんっと振り下ろされ、地面が抉れる。土砂が散り、煙が広がって視界が乱れる。僕は体ごと吹き飛ばされそうになりながらも、なんとか踏ん張った。普通の身体だったら、多分一撃で骨折くらいしていたはずだ。
レアラは猛スピードで詠唱を始め、真上から大量の光の矢を降らせるような魔法を発動する。ゴーレムたちの硬い外殻に光の矢が突き刺さり、バキバキと岩肌が砕けていく。その隙を見計らって僕は剣を握りしめた。
「よし……脚部を狙って動きづらくさせるんだ!」
声を上げて斬りかかる。だけど、ゴーレムは大きく腕を振りかぶり、全力で僕に叩きつけてきた。ドシャアッと鈍い衝撃が響くと同時に、僕の体は地面を転がってしまう。ひどい痛みに一瞬意識が飛びかけたが、まだ動ける。吐き気をこらえ、なんとか立ち上がったとき――
「お前……根性あるじゃねぇか」
そばにいたガルスが低く呟いていた。僕があれだけ殴られたのに、ピンピンしてるのが不自然だと思ったのだろう。それでも会話している暇はない。ゴーレムがさらにもう一撃を繰り出し、地響きを伴って周囲を襲う。ガルスとレアラはそれぞれの得意な技で応戦し、僕も必死に踏み込んだ。けれど、ゴーレムの攻撃速度が予想以上に速い。岩肌が紅く脈打つように光り、まるで強化されたかのようだ。
「うわっ、まずい……!」
あまりの衝撃で足場を取られ、僕はゴーレムの至近距離に追い詰められた。腕が振り下ろされる。逃げ場がない。ぐしゃりと潰される――そう思った瞬間、頭の奥で何かが弾けた。
無意識のうちに突き出した僕の手から、眩い光がじわりと迸る。そっと握りしめると、それは刃のような形を成していた。まるで僕が想像で思い描いた武器が、現実に具現化したみたいに。意味は分からない。ただ、この刃ならゴーレムに届くかもしれない。
「うおお――ッ!」
叫びながらそのまま一閃すると、ゴーレムの両腕がズバッと切り裂かれ、岩の破片が飛び散る。光の刃はまぶしく揺らめき、数秒後にはふっと消えてしまった。僕はあまりの出来事に呼吸が乱れる。
今のは……前にハイジンと戦った時に出た、魔法……?
「光の魔法……なのかしら?」
レアラが驚愕の目でこちらを見ている。ガルスはほかのゴーレムを一刀両断しながら僕を見やる。
「へえ……弱そうな割には意外とやるな」
彼はそう言ったかと思うと、最後のゴーレムの頭部を一撃で砕く。どさりと岩の塊が崩れ落ち、戦いはほぼ終結した。周囲に煙が立ちこめる中、僕はまだ手が震えている。あの光の刃が僕の想像から生まれたなんて、信じられない。
「はあ……はあ……」
荒い息を整えながら、レアラがそっと近づき耳打ちする。
「今の……すごかったわよ。やるじゃない」
僕は言葉にならず唇をかみしめるばかりだ。アンデッドとして蘇った身体には、いったいどんな秘密が潜んでいるのか、まるで手探り状態だ。だけど、今はそれより先にやることがある。崩れたゴーレムの残骸や土煙が晴れていくと、他の冒険者が安堵の声を上げていた。
「助かった……お前らのおかげだ。怪我してる奴はいないか?」
「こっちは大丈夫。でも、街の方まで被害が出なくてよかったわ」
レアラが周囲を見渡し、軽く頷く。僕も肩を回してみると、痛みはまだあるが致命傷ではない。ガルスは大剣を肩に担ぎ、ぶっきらぼうに吐き捨てる。
「ふん、こんな化け岩程度、造作もねぇ。俺がほとんど仕留めてやったんだからな」
「ええ、まあ……あなたの剣技、すごいわね」
レアラが正直に賞賛を送ると、ガルスは不満げに鼻を鳴らしつつも……
「……まぁ、お前らも、中々に良かったぞ。特にガキ、弱そうな癖にそれなりの勇気と根性がある、おもしれぇ」
そう言って僕を一瞥する。挑発的な口調だが、その瞳にはほんの少しだけ認める色が混じっているように感じた。僕はどう応じればいいか悩んで、結局素直に……
「そ、そうかな……ありがと」
なんてぎこちなく返事をしてしまう。するとガルスは「気色悪い」とでも言いたげに肩をすくめ、
「次に会うときは足手まといになるなよ。俺の前をうろうろされると邪魔なんでな」
吐き捨てるように言って、クエスト達成の証拠品をひょいと拾い上げると、またもやサッサと立ち去る。あの態度は相変わらずだが、不思議と嫌いになりきれない何かがある。彼も、何か背負っているのかもしれない。
「……ゴーレムに奇妙な紋様があったの、見たわよね。これ、ハイジンの魔力に近い気がするわ」
「うん。僕も……嫌な予感がする。次元の狭間が関係してるのか、何か別の力が作用してるのか……」
レアラの瞳には考えこむような色が浮かんでいる。僕はふと、先ほど無意識に発動してしまった力の感触を思い出して、胸がざわついた。
あれはいったい、何だったんだろう……。僕にも魔法が使える、のか?
でも魔法って普通、詠唱や魔法陣やらを使って発動させるものじゃないのか?
「とにかく、無事にクエスト達成できたみたいだし、ギルドに報告しようか。あのガルスが全部手柄を持っていかないか心配だけど」
「ふふ、確かに。ま、今回はそこそこ強いゴーレムだったってことで納得しておきましょう」
レアラは楽しそうに微笑む。僕は疲れ果てた身体を引きずりながらも、ほっとした空気を感じた。
「よし、帰ろう。フリスに報告して、今日こそはぐっすり寝たい……あ、でも僕ってアンデッドだし、寝る必要ないんだっけ」
「ふふ、またそんなこと言って。無理してでも意識を休ませないと体が動かなくなるわよ?」
レアラの尻尾がふわりと揺れ、まるで僕を安心させるようにやわらかな笑みを浮かべる。その姿にほんのり胸が熱くなった。死霊術師とアンデッド。普通じゃない僕らだけれど、こうして誰かと笑い合えるなら、きっと大丈夫だ。
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