第8話 緊急クエスト
朝の光が薄く差し込み始めた頃、僕はレアラと一緒にカルディラスの冒険者ギルドへ足を運んだ。昨日までの旅支度で身体はまだ重いけれど、新しいクエストを探すために動き出さなきゃいけない。ギルドの扉を押し開けると、朝早いにもかかわらず活気がすごくて、かすかな緊張が背筋を走る。
「マコト、ほら、あそこに依頼票がいっぱい貼り出されてるわよ」
レアラが小声で囁き、僕は彼女に続いてクエストボードへ向かった。広いロビーを見回すと、革鎧を身に着けた冒険者や派手な魔術師風の人たちが、依頼票を覗き込んでわいわいと相談している。どこか砂埃の匂いと金属の匂いが混ざった、独特の空気が鼻をくすぐった。
クエストボードを眺めると、「素材集め」「薬草採取」なんて地味なものから、「巨大魔物討伐」なんて命知らずの依頼まで多種多様。僕がちらりと手を伸ばしかけたときだ。後ろからグイッと肩を押され、思わずバランスを崩してしまう。
「どけ、邪魔だぞ」
ぶっきらぼうな低い声が耳を打ち、振り返ると、鋭い視線をした男が僕とレアラの間に割り込んできた。浅黒い肌と短く刈り上げた髪。背中にはやたら大きな剣を携えている。
正直、姿だけで「強そう」というのがひしひしと伝わってくる。だけど、その態度にはイラッとするものがあった。レアラの狐耳がピクリと動き、不快感を隠せない様子だ。
「なんなのよ、急に割り込むなんて失礼ね」
「はん、見るからに弱そうなガキと、狐耳の魔法使いか。お前らが先に見たって意味ないだろ?」
その男は鼻で笑い、クエストボードを占領する。僕はどう言い返せばいいか分からず、言葉に詰まってしまった。
しばらくした後、レアラが口を開こうとするが、男は「チッ」と舌打ちした。
「ま、足手まといにならないよう、せいぜい頑張れよ」
そう言い捨てて立ち去っていった。レアラはむっとした表情を浮かべるけれど、僕はただ唖然としてしまう。あんな態度を平然と取れるなんて、よほどの実力者なのだろうか。
そのとき、ギルド受付のフリスが大きな声を上げた。
「皆さん、緊急クエストが入りました! カルディラス近郊でゴーレム系の魔物が暴れているとの報告です! 被害も出ているようなので、至急ご協力をお願いします!」
ざわざわと人々がフリスの周りに集まっていく。すると先ほどの男が、まるで当然のように先頭に立ってフリスに詰め寄った。
「ゴーレムだろ? 大したことない。俺がすぐに片付けてやるよ」
「ガルスさん、討伐報酬は高めですが危険度が高いと推測されます。他の冒険者との連携を……」 「必要ねえ。お前らが足手まといになるだけだ」
彼は豪語して、ふてぶてしい様子で肩をすくめる。それを見た他のパーティーが「勝手しやがって」と呆れ顔で舌打ちする中、フリスは真面目な表情を保っている。彼女も大分鍛えられているんだろう。
「マコト、どうする?」
「うーん……ゴーレムって結構頑丈そうなイメージがあるけど……実戦経験を積むにはいい機会かも」
「そうね。次元の狭間の影響があるかもしれないし、放っておけないわ。行きましょう」
レアラと顔を見合わせ、僕たちもクエスト参加を表明する。フリスはすぐに書類を用意して、緊急討伐依頼の詳細を伝えてくれた。ガルス――と呼ばれいた男はこっちをちらと睨む。
「足手まといになるなよ。死にたくなけりゃ、俺の邪魔はするな」
低い声で吐き捨てるように言うと、さっさとギルドを出て行った。レアラが「感じ悪いわねぇ」と小さく呟き、僕は正直、あの強そうな背中に圧倒されている自分を感じる。けれど、不思議と嫌悪よりも「負けていられない」という気持ちが湧いてきた。
そうして僕たちは、フリスから地図と依頼書を受け取り、他の冒険者らとカルディラス近郊へ急行することになった。
※※※
カルディラスを出てしばらく歩くと、景色は小高い丘や荒野が広がる殺風景な地帯に変わってきた。木々が倒され、道端の草が踏み荒らされたような痕跡が散見される。
「思っていた以上に、ずいぶんひどい有り様ね……」
「うん。ゴーレムが暴れ回ったっていう痕跡なのかな」
僕はちらりと辺りを見回しながら、足元に落ちている木片を拾い上げる。折れ方がまるで巨大な衝撃を受けたようで、簡単に粉々になっている。
「とりあえず、手分けして探そうぜ!」
他の冒険者数名が声をかけ合い、複数方向に散開し始める。そこへ、ガルスが鼻息荒く叫んだ。
「お前ら、ちんたらするなよ。俺が先に見つけて討伐してやる」
言うが早いか、彼は一人でズカズカと奥へ進んでいく。他の冒険者が「危ねえぞ!」と声をかけても耳を貸さない。レアラが苦笑いを浮かべた。
「危機感がないというか、よほど自信があるのかしらね」
「……でも、気をつけないと。本当に一人で倒せるのかな」
その疑問はすぐに答えが出ることになる。少し先の方から聞こえてきたのは、岩がぶつかり合うようなゴウッという轟音。僕たちが急いで駆けつけると、そこには岩肌に奇妙な紋様が走ったゴーレムがうごめいていた。まるで、通常の術式で生まれたゴーレムとは違う、禍々しい雰囲気を帯びている。
風が一瞬だけ凪いで、周囲の音がすとんと途切れる。静まり返った空気の中、僕は無意識に息を呑む――ただの魔物討伐では済まない、そんな不穏な予感が肌を刺していた。
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