恋愛適性ゼロかマイナス

「もちろんだよ。イアルソン騎士副長からは了承の返事を得ているから、後はあなた次第だ。色よい返事を願っておこう」


 こちらは陛下。


「まあ、イアルソン家なら家格も申し分ないわ。現当主夫人のお人柄も素晴らしいと聞きます。良かったわね、ルウデ。ああ、ドレスはどうしましょう! 今すぐ考えないと!」


 こちらは母。


「もうこれで母上を泣かさずに済むな。なに、仕事には落ち着いたら復帰すればいい。お前の才能なら、いつだって歓迎されるだろう」


 こちらは父。


「姉さん、やっと結婚するの? じゃあ俺も結婚しようっと。実は俺、待ってたんだよね。姉さんが気にするかもしれないと思って。良かったよ」


 こちらは弟。


「仲人が陛下であらせられる以上、断るなどという選択肢は初めからない。お前も国に身を捧げた身、観念せよ」


 こちらは上司。


 ああ駄目だ、誰も味方がいない。


 元より私は令嬢らしくない生き方を、周囲の反対を押し切って貫いてきた身の上だ。味方が一人もいないことで臆するようにはできていない、のだが、上司の金言が胸に深々と刺さってしまった。そう、私はもう軍属の身だから、何もかも自分本位で決めていいというわけではない。


 一度観念しかけると、喜色満面の母が過ぎって、これまで散々心労をかけてきたことの罪悪感が、今になって私を追い詰めた。そして、それまでそんな気配は微塵みじんも見せなかったくせに、密かに姉を気遣っていたらしい婚約者持ちの弟の一声も駄目押しとなった。


 これはもう、腹を括るしかない。陛下との問答の中で浮かんだ、「私は必要とされていないのか」という不安は、まだ胸の奥でこごっていたが、私ももう子供ではないのだ。そういう個人的感情は、二の次三の次にしなくてはならない。そう、あのツエルへの私怨だって、飲み込んでしまわなくては。ああでも、どうしてよりにもよって、相手があの男なのか。


「でも、心配だな。姉さん、ちゃんと夫人になれるわけ?」


「結婚すれば嫌でも夫人になるでしょう」


「そういう意味じゃない。姉さん仕事一辺倒だったし、学生時代も魔導ばっかで、ほら、ろくに」


 ようやく言葉を飲み込んでくれたが、今度の実弟の気遣いは遅すぎた。言いたいことは既に全部伝わっている。つまりだ。「姉さん恋愛偏差値低いけど平気?」か、「姉さん色気全くないけど大丈夫?」か、まあそのあたりだろう。いや、多分弟はわざとここまで言ったのだろう。表情はからかっているときのそれではなくて、真剣に心配しているときのそれだ。


 ここでやっと、私は気がついた。というより身に迫るものとして、現実味を持って認識した。結婚するとは、子をもうけるとは、すなわち夫と男女の仲になるということだ。そのための努力を双方するということだ。


 知識がないわけではない。私の知識欲は何に対しても向けられたから、一通りの色事のいろはは知っている。人の恋愛話はちらほら聞いたし、学友の相談に乗ることはあったが、一知識として以上の深い興味は抱けなかった。恋愛小説も何冊か読んだし、筋を面白いと思うことはあったが、そのヒロインに自分を重ねたことは一度としてなかった。だって、私とあまりにも違い過ぎたのだ。私はヒーローに助けられることも、甘い言葉を囁かれることも、訳もなく優しくされることも、全部、その、「萌えない」のだ。


「う……」


 そして何より、可愛らしくねだったり甘えたり照れたりする自分は、想像もできなかった。今無理やり想像しようとしたら、それだけで吐き気をもよおすくらいに忌避すべきものと思えて仕方がない。


 抱き締められて頬を染める。できない。唇を触れ合わせて目を潤ませる。できない。あらぬところに触れられて高い声を上げる。駄目だ、やっぱり吐くかもしれない。


 思わず口元を抑えた私を、弟は哀れな者を見るようなまなざしで見つめてくる。


「大丈夫、どうなったって、姉さんには仕事があるよ」


「全く姉に期待していないのね」


「今の顔見たら、誰だってそう思うよ。最悪出戻ってきてもいいから。俺、出世する予定だし、姉さん用の屋敷一つくらい余裕で建ててあげる」


「ありがとね……」


 絶望感は増したが、味方はいないという言葉は撤回しようと思う。我が弟は、できた弟だ。

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女傑魔導士の可愛くなれない結婚生活 If @If_

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