国王命令でも、それだけは
ルウデ・エリエルデ。それが私の名だ。運よく上流貴族の出で、これまた運よく、今は王国魔導士団の第二席に置いてもらっている。後者に『運よく』とつけたのは、謙遜でもなければ自己卑下でもない。運がよかったのも本当だし、多少の運を味方につければそれなりの地位にいける実力だってある。
才には恵まれた。才だけならば私は、第一席、つまり魔導士長にも勝ると言われているし、自分でもそう信じている。
だが魔導というものは、どうしても練達のために経験が必要になる技術だ。現在二十一の若輩の私には、圧倒的にそれが足りていない。魔力量に恵まれていても、あらゆる魔導の知識を蓄えていても、それらを効率的に使う術は時間をかけて体得しなくてはならない。冷静な目で見れば、私の実力は精々上から五番目だ。
では五番目の私が、なぜ第二席にいるのか。それは、同世代の副長が騎士団の方で先に誕生したからである。それがあのツエルだ。未来の大英雄の出現だ、などと、随分と話題になった。騎士団の事情には詳しくないから、どういう経緯で彼が副長に任命されたかは知らないが、魔導士団はそれに対抗しようとして私を擁立したというわけである。ちょうど新しく王となった陛下とも同年代で、その面でも都合がよかった。何なら有力な妃候補がいない陛下への妃にと、陰で求められていたことも知っている。
他にも理由はあったにせよ、何はともあれ、私がここに座っている一番の理由があのツエルである。私はそれが心底気に食わない。さっきも述べたように、私は私の才を信じている。もっと曇りなくそれを信じていたかった。時間さえあれば、そして努力を怠らなければ、私は実力で第二席の座を、将来的には第一席の差も手に入れられたはずなのだ。私は彼によってその機会を永遠に奪われた。
これまでに積み重ねてきた個人的な衝突や、両組織の不仲の歴史も、この拒絶感の要因の一部ではあろうが、一番の要因は私怨だとちゃんと私は知っているつもりだ。逆恨みだと分かっていても、恨むことをやめられないのは、私が幼稚だからだろうか。
「エリエルデ魔導士副長。少しいいかな」
会議室を後にしようとした私を呼び止めたのは、なんと陛下だった。何用だろうと考えて、その後すぐにきっとお咎めだろうと思い至り、瞬時に落胆する。先ほどの論戦で、言葉が過ぎただろうか。
副長に着任してからまだ一年足らず、陛下の信頼を失うなんて冗談ではない。挽回しなくてはと、ぴしりと姿勢を正し、可能な限り丁寧に頭を下げる。
「先程は申し訳ありませんでした、陛下」
「いや、双方熱意ある議論だったよ。やはり若い力も必要だと感じた。同年代の私がそう言うのも変かもしれないけどね」
おや、と私は思う。どうやらお咎めではないらしい。頭を上げた私を見て、陛下は穏やかに微笑むと言葉を継ぐ。柔和なお人柄だという評判が間違いでないことは、ずっと前に確認済みだ。
「先程言ったように、二つの団が不仲なのはいただけないけれどね」
「申し訳ありません」
「長年そうだと言うのは聞き及んでいるよ。君らだけの問題ではないと分かっている。けれど、だからと言って置いておいていい問題ではないというのも確かなことだね」
「……仰る通りです」
国軍の支柱である二つの組織が不仲なのは、ある種仕方のないことだ。今回の件のように、どうしても予算を奪い合う立場にあるし、戦果を競い合うライバル関係にあるから、そもそも対抗心を持ちやすい。それでなくても剣が得意な者は魔導が苦手な者が多いし、その逆もまた然りだ。このこともまた相手方へのよからぬ感情に結びついている場合もあろう。
だが陛下の言うように、仲良くできるならばその方がいいのは間違いないことでもある。私もそれを理解するくらいの分別はある。こういう話をするということは、そのための妙案が何か陛下にはあるのだろうか。
「今からする質問は、女性に対して礼を欠く質問になると思う。本来であれば、君の家に伺いを立てるのが礼儀だということはよく分かっている。けれど私は、どうしても君自身と話がしたくてね。許してほしい」
「何なりと仰ってください、陛下」
陛下は聡明だ。それだけでなく寛大であり、それでいて公正だ。戴冠して一年半の若い王でありながら、既に多くの実績を上げている。よって人望もある。私は一臣下として、そんな陛下を慕っている。国家と陛下のために命を捧げるという軍人の役割を幸福に思えるほどには、忠誠心を抱いている。だから淑女に対しての配慮などという下らない礼儀なんて、どうだってよかった。
「ありがとう。では、率直に問うよ。君には、婚約者がいるのかな」
「……いえ、おりません」
どうだってよくても、動揺を禁じ得ない問いであったのは、質問の方向性が完全に予想外なものだったからだ。
二十一。一般的には若いと言われるのだろうが、上流貴族の、特に女性にとっては適齢期を外れた歳だ。縁談がなかったわけではないが、仕事に没頭しているうちに気づけば適齢期を過ぎていた。母には泣かれたが、私はそれでいいと思っていた。一生を軍服を着て終えるつもりだったから。それが一番、国のために役立つ命の使い方だと信じていたから。
しかし陛下がこんな話をするならば、そうは思われていなかったのかもしれない。その可能性に刹那、動揺したのだ。結婚した女には、子を産むことが求められる。そして子をもうければ、しばらくは働けなくなる——そうなってもいいと。いなくなればすぐに代わりが見つかる程度の人材だと、そう仰りたいのですか、陛下?
「ならば、心に決めた相手は?」
「おりません」
「であれば、国のために身を捧げてくれる覚悟は」
「もちろんございます、陛下」
不満も動揺も、私は一旦、押し殺していた。感情の整理は全て聞いてからでいい。腹を括ってしまうと、幾分か胸が軽やかになった。
「ありがとう。では、頼みがある」
頷きながら、私は一度止まってしまっていた頭を回転させ直していた。魔導士団と騎士団の不仲を陛下が憂慮しているところからこの話は始まった。絶対に関係のある話だ。問題を解決したいと。そのために私に身を捧げろと言った。ならば?
「ツエリ・イアルソン騎士副長と婚姻関係を結んでもらいたい」
答えに行きつくと同時に答え合わせがあった。その瞬間、せっかく回り始めていた頭の動きが、またぎこちなくなった。
ええ、陛下。お役には立ちたいのです。ぜひともと思っています。ですが、これは、こればかりは、その。
「か、考えさせてください……」
喉奥から、どうにか声を絞り出した。瞬間拒否しなかった私を、私が一番褒めてやりたい。
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