英雄
Ash
この街の片隅には銅像がある。
煌びやかな装飾が施されているわけでもなく、大人の身長大の像が1メートル程の台座に据えられているだけの、一見ごく普通の像だ。
表面に浮かんだ緑青はあちこちに強い濃淡があり、台座は苔生したところが随所に見られ、もう何年も手入れがされていないのが見て取れる。ところが、よく見れば手足は細部に至るまでしっかりと造形され、それなりの手間と費用が掛けられたものであることが窺えた。
僕は、以前からこの像が不思議でならなかった。
造形に見合わない扱いはもちろんのこと。何よりも不思議だったのは、像にも台座にも何も記されていないことだ。像の名前、謂われ、製作者、出資者。普通銅像と言えばその手のことが台座なりに記される筈だが、それがこの像には何一つない。
最初は手入れがされないことで消えたのかとも思ったが、凹凸一つなく、削って消したような跡すらない。最初からなかったと考えた方が妥当に思えた。
ある日僕は、この像のすぐ近くで町の長老と会うことがあった。
偶然とはいえ良い機会だと思った僕は、由来を伺うべく長老を像の前まで引っ張っていった。
「ボウズ、これはな。この国を救った英雄なんじゃよ」
「英雄?」
「そうじゃ。まあ、儂も聞いた話でしかないんじゃがな」
長老は像を見上げながら、淡々と語り始めた。
「儂が生まれる何十年も前に、この地で戦争があった。長年平和に暮らしてきたこの国に、突如見たこともない人種が攻め込んできたそうじゃ。一説では魔物じゃったとも言われている。
「もちろん、我々の祖先も懸命に戦った。じゃが、長い平和の影響か一方的な防戦になるばかり。ジリジリと追い詰められ、最後には国を捨てて逃げるかどうかの瀬戸際まで至ったそうじゃ。
「しかし、ここで戦況を大きく変える新兵器が、ある科学者の手によって作り出されたんじゃ」
「余程天才的な科学者だったのですね」
相槌を打つと、長老は笑みを浮かべて微かな笑いを漏らした。
「それがな、そうでもなかったらしいんじゃよ。むしろ、生まれつきどうしようもないくらいのドジで、お世辞にも天才とは言えないような頭じゃったらしい。けど、その科学者には一つの強い思いがあってな。
「生まれた時に予言を受けたそうじゃ。いつかこの子は、英雄として奉られる存在になるという予言をな。科学者はそれを信じた。努力に努力を重ね、人一倍の苦労を背負い込み、遂に新兵器の開発を成し遂げたそうじゃ。そういう意味では、きっと努力の天才じゃったんじゃろうな」
一口に天才といっても、色々な天才が居るものなのだな――そう思いながら、僕も目の前の銅像をもう一度見た。
「そういえば、どうしてここには科学者の名前が入っていないのですか?」
「誰もわからんかったんじゃよ。その科学者の名前をな」
「これほど立派な像なのに、作った人の銘も彫られていない」
「当人の名前も彫られていない像だ。何となくわかるじゃろう」
製作に関わった人たちも、後世に名を残したくなかったということだろうか。
「それでも、この像を作らずにはいられなかったのですね」
「防戦一方じゃったため、他に英雄らしい英雄も居なかったんでの。瀕死の兵士から科学者の話を聞いた時、当時の権力者がこの像を作るよう命じたそうじゃ」
なるほど。大通りから離れ、人の目に付くことも殆どないようなこの像に、そんな曰くがあったとは。
色々なことに合点がいき、僕はスッキリとした気持ちで長老に礼を言った。
「ありがとうございました。長老」
「なに、歴史に興味を持つのは大事なことじゃよ」
「ところでこれ、人間じゃないですよね」
「敵の科学者の像なのだから、当たり前じゃろう。四本の腕を持ち、虫みたいな顔した人間が何処におる? じゃが、この者が特定の種を死滅させる兵器を作り。ドジを踏んで自分たちの種族でそれを動かさなかったら、我々は存在しなかったかもしれんのじゃよ」
英雄 Ash @AshTapir
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