第2話 あの空は上海に繋がっている

- 東京の郊外 私鉄沿線のとある街 -


 古いアパートから、錆びた階段を鳴らして、男が降りてくる。

 手にはビアグラスを持っている。

 

 アパート前の6m道路に出て、細い三日月を眺める。

 手を頬にあて、「んー?」と少し考えたあと、「ハっ!」として、月に背中を向ける。


 顔をあげ、夜空を眺め、穏やかに微笑み、そしてグラスを掲げる。


「チュンチュン。27歳のお誕生日おめでとう」


「チュンチュン、お前が今、誰と一緒にいるか分からないけど、俺は、今もここにいるぞ。まだ、一人でいる」


「チュンチュン。俺な、お前から自由になって、5年もたったのに、なんかバカみたいなんだけどさ、ウソみたいなんだけどさ、……俺、今でも、まだ、お前だけを愛しているんだ」


 男は、グラスのビールを一口飲み、少し目を伏せて考え、そして再び空を見上げる。


「チュンチュン、俺もいつまで待てるか分からないけど、約束まではできないけど、‥‥‥今度会えた時に、もし、お互い一人だったら、今度こそ一緒になろうな」


 男は、小声でそうささやいて、西の夜空に向け、もう一度グラスをあげた。

 


 ******



 細い上弦の三日月は、地上の二人を優しく見つめている。

 淡い、白い光が、降りそそいでくる。

 

 東京の男にも。


 同時に、上海の女にも。

 

         

          ~ 「黒い髪の人魚」スピンオフ2 上海の岸辺にて (了) ~ 




 ~ ここで、葵竜梢さんのファンアートを再びどうぞ。左下のショートヘアのチュンチュンは、このお話のシーンだったんですね ~


 https://kakuyomu.jp/users/siu113/news/16818622173247117375


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黒い髪の人魚 スピンオフ2 「上海の岸辺より ~ 追憶 ~」 小田島匠 @siu113

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