桜嫌い同盟
藤泉都理
桜嫌い同盟
コブシを見上げては、今日で何年経ったのかと指折り数える。
十年である。
修行に出ると言って旅立って行った私の唯一無二の同盟者を待ち続けて十年も経ってしまったのだ。
モクレン科モクレン属の落葉広葉樹。
早春にとてもいい香りがする、真っ白で六枚のほっそりとした花びらを大きく開かせる。
ソメイヨシノの同様に葉よりも花が先に咲くが、開花時に一枚だけ花の下に葉をつける。
『ッケッケッケッ。な~にが「田打ち桜」だ。こぶしだっての。桜の名前をつけんじゃねえっての』
昔からコブシが咲くと田植え仕事が始まる事から「田打ち桜」と呼ばれていたらしいのだが、その別名をひどく毛嫌いしていたのが、コブシの神様である
私と鈴懸は桜嫌い同盟を結んでいた。
名前が
けれど私は桜が嫌いだった。桜よりもツクシかヨモギがよかった。
自己主張が強すぎるのだ。桜は。あんなにも大きく広げる枝を覆い尽くすくらい花をいっぱい咲かせて、しかもそれを盛大に散らすのだ。無視をしろというのが無理という話である。見てしまうだろう。大騒ぎをしてどうぞ大盤振る舞いすらしている。
私はあんなに自己主張の強い人間になりたくない。ツクシとヨモギのように、地面にひっそりと生えつつも、独自の味で美味しいと微笑ませる人間になりたい。
一方の鈴懸けの桜嫌いの理由は単純明快。
嫉妬である。
『わしだって儚い花よ。春一番のように強い春風に弱くてな。咲いたかと思ったらすぐに散ってしまうのだ。桜と同じではないか!? 何故、お花見と言えば桜一択なのだ!? コブシを見るべきだ!!』
ぷりぷりぷりぷり。
憤慨していた鈴懸と一緒に収穫して作ったヨモギ餅とツクシの卵閉じを食べたものである。
「修行って。何してるんだろう? もっといっぱい花を咲かせて、桜みたいに盛大に散らせる修行をしてるのかな? 別にそんな事をしなくてもいいのに。私。今のままのコブシが好きなのに。はああ。どこもかしこもコンクリートだらけになって、山は危険だって入れなくなっちゃって、ヨモギもツクシも見なくなっちゃったし探しに行けなくなっちゃったし。もうスーパーで買うしかない時代に突入しちゃったよ。自分で見つけて収穫する事が醍醐味なのに。ああもう! 修行なんか行かないでずっと私と遊んでいてよね! 鈴懸が居ないとつまらないのに!」
「………おまえ、何歳になった?」
感動の再会を予想していた桜はしかし、駆け走って抱き着くわけでもなく、半眼で立ったままやおら腕を組んで、突如として現れた鈴懸を見つめた。
「………十九歳ですけど」
「十九歳。別れてから十年経ったのか。通りで背が伸びているわけだな。わしの三倍はあるではないか?」
「そんなにないって言いたいけど。にょきにょき伸びちゃったからね。鈴懸は。十年前と変わらないね。神様って肉体は成長しないんだっけ?」
「さてな。成長する神も居れば、成長しない神も居る。己の意思次第だ」
「ふうん。ま。私は成長してようがしていまいがどっちでもいいや。お帰り。鈴懸。また一緒に遊ぼうね」
「十九歳ならばわしと遊ぶ暇もなかろう。そろそろ伴侶も探さなければならないのではないか?」
「いいいい。探さなくても居るから」
「ほおう。おまえが選び、おまえを選んだ伴侶か。誰だ」
「鈴懸」
「ほおう。わしと同じ名前か」
「違う違う。目の前に居る鈴懸。あんたよ」
「………おまえ。わしと番になりたかったのか? そもそも、わしと番になる理由が分かっているのか? おまえの世界との別れを意味するのだぞ」
「へええ。嫌だって言わないんだ」
「うむ。そうだな。別に嫌ではない。おまえと過ごした日々は悪くなかったからな。桜が嫌いだしな」
「そうそう。桜が嫌いだしね」
一呼吸置いたのち、神妙な顔をしていた桜と鈴懸は顔を見合わせては、ヒヒっと無邪気に笑った。
「で。修行の成果は見せてもらえるの?」
「ああ。見せてやろう」
鈴懸は不敵に笑って見せたのち、近くに立っていた満開を迎える一本のコブシに向かって拳を軽く突き合わせて一分間ほどその体勢を維持してはやおら解き、腕を組んで桜に向かい合った。
「どうだ?」
「うん。すごいね」
鈴懸は素直に称賛する桜に対し、半眼になっては下唇を突き出しのち、つまらんと言った。
「何も変わっていないと言うおまえに対し、節穴だなと声高々に言う算段であったというのに」
「ふふん。あんたと桜嫌い同盟を結んで何年経ったと思ってんの? 十三年だから。あんたの考えはまるっとお見通しなんだからね」
「っは。それはそれは。何とも短い時間だな」
「神様にとっては短いだろうけど、人間にとっては十三年って長いからね」
「そうか。では。随分と待たせてしまったのだな」
「そーゆーこと。だから、修行の成果だけじゃちょっとねえ。鈴懸が居なかった空虚は満たされないって言うか。ねえ」
「分かった。分かった。詫びに、ヨモギとツクシが繁茂しておる場所を見つけたので連れて行ってやる」
「神様の力で?」
「たわけ。歩きだ歩き。歩け」
「ちぇっ」
唇を尖らせた桜はじゃあ案内お願いしますと頭を鈴懸に深々と下げた。
うむよかろう。
声を弾ませた鈴懸は桜の横に立って行くぞと言っては歩き出した。
瞬間、春一番が吹き荒れて、近くに立っていた一本のコブシはおろか少し離れたところで立ち並ぶサクラの花びらが一斉に舞い散った。
まるで歩き出す桜と鈴懸の行く末を包み隠すように。
暫くの間、コブシとサクラの花びらは舞い散り続けるのであった。
(2025.3.26)
桜嫌い同盟 藤泉都理 @fujitori
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