何が悪い! 4

「よいしょーー!!」


 男のすぐ側に鮮やかなピンクや青、緑、黄色といった主張の強い色で彩られた二メートルはある大剣が轟音と共に刺さる。刺さった床はもちろんコンクリートだ。


「何っ!?」


 男が腕にネズミの亡骸を抱えたまま横へ飛んで振り返り発砲する。乾いた破裂音が部屋に四発響く。


「遅いよ! 遅い!」


 そんな楽しげな声がした瞬間、男が壁に打ち付けられ、元々男が立っていた所には走り込んだ勢いで埃を巻き上げぼんやりと誰かのシルエットが見える。

 その人は手を横に勢いよく振り払って……


「ジャックくん! 大丈夫? うわお! 痛そー」


 黒いドレスに白いフリルのついたエプロンと桜色の長い髪を靡かせたシイさんが開いた口に手を当て立っていた。来てくれたんだ、と俺はゆっくり目を閉じ息を吐き出す。


「先輩!!」


 アマツカの高い声と走る靴音が遠くから聞こえてくる。


「シィ、そいつの武器を取れ。なんであんな物を……」


「カネイトくん! 大丈夫か! しっかりせえ!」


 ユウコクさんもキドウさんも来てくれたらしい。耳をすましてみればうっすらとだが、もっと多くの人の声や足音が地面伝って聞こえてくる。第十席の人たちか……もっとそれ以上の人たちが来てくれたらしい。これなら、ここの制圧もきっと出来るはずだ。

 良かった、と力を抜くと次第に意識が遠のき始めて……


(目が覚めたら……ちゃんとみんなと……向き合わないと)


 それからどのくらい経ったのだろうか辺りが騒がしく俺はゆっくりと目を開けた。寝転んでいるらしい俺の頭上にアマツカの顔が見える。後頭部に当たる感触とこの状況からどうやら俺はアマツカに膝枕をされているらしい。気を失うまで神器を持ち続けた手は解かれ、今はアマツカがしっかりと握っている。

 見上げてよく見てみるとアマツカの目は赤く、頬に涙の跡がうっすらと見える。きっと心配をかけただろう。こうなる前に全てを終わらせられれば良かったけれど、中々上手くいかないものだ。


「……アマツカ」


 目を見開いてアマツカが勢いよく俺の方を見た。


「先輩が! 目を覚ましました!」


 一度、俺の顔を見て柔らかく微笑み、顔を上げ周りに向かって大声で呼びかける。ずっと強く握られていた手がようやく安心したようにゆっくりと解かれていく。


「おーほんまか! 良かった。もうすぐ救急隊来るはずやから、そのまま意識保たせて」


 キドウさんが大丈夫かー?と駆け寄ってきた。


「すいません。色々」


「まーほんまは色々言いたいけど、今回の功績に免じて俺からは何も言わん。やけど、もうこれっきりにしてくれよ」


 あー安心したら力抜けたわ、とキドウさんはその場に座り込んだ。キドウさんは中途半端な情報しか送られなかった分、余計に心配をかけただろう。


「みんなはどうやってここに?」


「アマツカちゃんが知ってたみたいでな。助けられたわ」


 キドウさんは何でもないように言った。でも、それは……


「そう……ですか。アマツカ……色々とごめんな」


 全然、上手くいかなくて、と俺は壁の方へ目を逸らしボヤく。


「ちょっと先輩の気持ちが分かりました」


「え?」


 怒られるかも、と身構えていた俺はアマツカの予想外の一言に面食らう。

 見るとアマツカは顔を上げどこか遠くの方を眺めていた。


「誰かを助ける為に前へ前へ走り出す人の背中を見送るのって、こんなにも辛くて寂しいんですね」


「ごめん。本当にこんな大事にするつもりは無かった。ネズミの居場所が確認出来次第キドウさんを呼んで解決してもらうつもりだったんだけど……それは言い訳か」


 ごめん、と俺は謝る。

 本来なら俺だけが旧教会側の人間だとバレておしまい。もし二人でいけばアマツカも怪しまれてしまうだろう。

 ただ結局、それは理想論で、現実はアマツカも旧教会側だった事がバレて、そんな顔をさせるくらい心配をかけて俺は死にかけ……何も上手くいっていない。


「もっと真っ直ぐ言ってあげたらええやんか」


 ため息をつく俺にキドウさんが声をかけてくる。


「男には立ち向かわんとあかん時がある。好きな子守って何が悪いってな」


「えぇ!?」


 もしかして、あの叫び……聞こえていた。

 いや、まさか。ここへみんながきたタイミング、この地下道の広さからして、そんなに遠くまで反響しているはずがない。


(どういう表情……!?)


 俺の見上げた先、アマツカはこちらへ目を細め見下ろしている。その口元にはどちらとも取れるような曖昧な微笑を浮かべていた。


(聞こえて……たのか!?)


 そこへカツカツ、と靴音を響かせユウコクさんがやってくる。

 その凛とした様子に寝たままだったけれど背筋が伸びた。


「ジャックくん。今回の件は部隊の規律違反として処罰対象だ」


「はい」


「その処罰は君に何があってどういう状況だったか説明を聞いてから、それをかんがみて決めることとする。よって後で取調室へ来てもらう為、追って連絡する」


「はい。すいませんでした」


 僅かに頭を下げる俺にユウコクさんは「ここまでは業務上の報告だが、私個人としてはそのくらい活きがいい方が好みだ。その活きの良さに結果もついてきているしな」と笑って言った。

 幸い、どうやらそこまで重い処罰にはならなさそうで一安心だ。


「ジャックくんもコトちゃんも、光翼教会と旧教会との間に根深い亀裂があるのは私も知っている。この十年で法律は大きく変わった。けれど人の心は法律のようにこう決まったからと言われても、そう簡単には変えられない。でも、この一件で少しでも互いに歩み寄れれば良いと私は思う」


「「はい」」


 俺たちはハモって頷きそれに応えた。


「あああああ!!」


 突然嘆き声が部屋に響いた。俺は軽く頭を上げてその方向を見る。

 灰色の布で体を覆った人々がネズミの亡骸に縋り付くように周りを取り囲み床に伏して泣き叫んでいた。その周りを異端審問官たちが武器を構えたまま取り囲んでいる。最後の面会という所だろうか。


(そうか。この人たちは二回、信じたものを教会によって壊されているのか)


 その十年前と似た光景に俺はため息をつく。教会は必要と有れば残酷な手も厭わない所は十年前と変わっていないらしい。だけど、昔と違い俺たちは今、泣いていない。だったら変わったのは俺たちの立っている場所だろう。俺たちは今回の件で明確にこちら側、光翼教会側へとついた事になる。

 あのネズミの神様とこの地下道は俺たちにとっての踏み絵だった。


「イテテ」


 ふいに腹の方が痛む。見ると上の服を着ておらず腹には包帯が巻かれ、そこに三つの赤いシミが見える。爪で貫かれた場所だろう。削られた太ももの方にも包帯が巻かれている。


「ケイちゃん! みんなで武器庫の制圧終わりました!」


 シイさんが敬礼しながらユウコクさんへと話す。武器庫、そんな物があったらしい。

 おそらくあの男性が持っていたような拳銃が保管されているのだろう。


「意外とすんなりいったな」


 ユウコクさんは淡々とした調子で頷く。

 すんなりいった、という事は倒れてからそれほど時間は経っていないのかもしれない。


「中からは組み立て式と思われる自動小銃が数本、手榴弾、その他、多数の拳銃。弾薬も千発以上は見つかりました」


「は?」


 報告を聞いたユウコクさんがポカンと口を開けた。

 周囲の人たちも騒めき、その動揺が伝わってくる。

 聞いた事のないような数の銃火器だ。それだけの揃えて、戦争でもする気だったのだろうか。


「その量はあかんやろ。下手したら日本中が大パニックやで。新聞一面どころの騒ぎちゃうやんけ」


 キドウさんが呆れたような口調で言う。


「考えられる選択肢は二つ。元々は旧教会が持っていた物を地下道へ隠した。もう一つは……この組織を使って外部からの侵攻」


「……あの……前者の可能性は低いと思います」


 俺は膝枕から体を起こし手を上げユウコクさんへ話す。


「教会が焼かれた時の対抗手段に銃火器は無かったはずです。親父は旧教会ではそこそこ上の立場でしたが銃火器の話はした事が無かったし使っているのも見たことがありません」


「……やとしたら」


 キドウさんがゴクリと唾を飲み込む。


「ただ親父が知らされてなかっただけで、旧教会のトップが密かに集めた銃火器、そう言う可能性も無くはないと思いますが」


「それやったら良いんやけどなー」


 俺の見立てでは侵攻の可能性の方が恐らく高い。少なくともこの銃火器たちが街の外から入ってきたと思う。


(どこから……この地下道が伸びる先から)


 どこかの脇道に外から侵入している通路があるのだろう。


「まぁ、裏でどんな組織が糸を引いてたかはおいおい調べていったら分かることやろ」


「そうですね」


 長らく隠されていたここにも本格的な調査が入る事になるはずだ。

 そうなればここにいた人たちは今まで通りには居られない。この地下道から無理やり追い出され、地上のどこかに住み着くはずだ。橋の下か、また新しい生き方か。


「おっちょうど、救急車が外に来たみたいやで。歩ける?」


 スマホを見ながらキドウさんが俺に向かって聞く。俺はそれに頷き立ち上がる。

 その瞬間、視界が大きく揺れた。床と天井が反対になりそうになる。

 立ちくらみだ、と倒れそうになった俺をアマツカが横から押さえて受け止めてくれた。


「支えますから」


「うん。ありがとう」


 それから俺たちは地下道から地上へと戻ってきた。月明かりと住宅の照明が旧教会前を淡く照らしている。

 そしてその道路には……


「ありがとう!」


「よくやった!」


 多くの人たちが皆、満面の笑みを浮かべ出迎えをしてくれていた。手を叩く音と共に口々に送られてくる感謝の言葉が一つの音になって俺の体を震わせる。


(あぁ……どうやら俺はみんなの役に立ったらしい)


 自然と俺の口角は上がっていて、良かった、と小さく息を吐いた。


「アマツカ」


「はい」


 隣で俺を支えてくれているアマツカはこちらを見上げ首を傾げた。


「やっぱり、叔父さんの仕事の件は断る事にするよ」


「わかりました」


 アマツカは俯いて何度か小さく頷いていた。


「どんな神様を信じているのかは関係ない、人は人だ。その人が何をしたかで決める。俺は人のために神様を狩るよ」


 何が教会だ。何が神様だ。いつだって救いなんかないじゃないか。

 あの、異端審問官になった始まりの日にそう呪った俺には神様を狩るこの仕事はちょうどいい。


「心配ですけど……仕方ないですね」


 色々と言いたい事があっただろうけれど、アマツカはそれを腹の奥へ押し込んで微笑んだ。

 昔、俺の卒業式を見た姉貴のような笑みだった。


「当面の目標は第三席ってことになるかな。姉貴に会って話がしたい。何があったか聞きたいんだ」


 どうしてこんなに危ない仕事をしているのか。どうしてそうなったのか。俺たちのことを忘れてしまったのか。色々と聞きたいことが山積みだ。


「アメノさんに会いたい気持ちも分かりますけど、あんまり無茶しないで下さいね」


「あぁもちろん」


 こんな命懸けの戦いなんてもうしたくない。アマツカにも心配をかけたくない。


(だって……君がいるから生きてるだけで儲けもの、だから)


 隣で肩を支えながら一緒に救急車へと乗り込むアマツカを見ながら俺は笑っていた。

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