下水の灯火 7
「誘ってもらったけど、もう送っちゃったよ」
男性の閉じられていた目がうっすらと開く。
俺は掴まれていた肩を振り払い、スマホを見せた。現在位置情報がキドウさんへ送られたメッセージの画面。
確かにあの時、俺は「はい。頑張ります」と頷いて応えた。
逃げるかと思ったが、男性は静かに「ならば……仕方ない」とだけ呟いて再び背を向け先へ進み出す。
(後はキドウさんが信じてくれる事を祈るしかない)
この明らかに罠臭いメッセージを……
「いずれ来る神話の続き……下水の主人の手によって……もたらされる最悪の日」
唱えるように呟きながら男性は先へと進んでいく。
俺は神器を手につけ辺りを見渡しながら、その後を着いていった。いつ、どの穴からネズミが飛び出してきてもおかしくない。
(俺が倒せれば良いけど)
難しいだろう……な。神器を強く握りしめる。
しばらく進むと下水の川の両端に前を進む人の同じような灰色の布を纏った人たちが並んでいた。
ぼんやりと明かりを放つ蝋燭を持った人たちがズラッと奥まで見える。下から照らされた顔は黒く、目は虚でブツブツと何かを呟き続ける声が聞こえる。
(地蔵みたいだ)
ここだけ照明が弱いようで全体的に薄暗い。さらに暗闇へと目を凝らし神経を尖らせる。
辺りの雰囲気が変わっても男性は気にした様子もなく先へと進んでいった。俺もその後を追い続ける。
並ぶ人々の前を通ると何を呟いていたかがはっきりと聞こえた。
「我らを救い給う」
「「「救い給う」」」
「「「救い給う」」」
「「「救い給う」」」
唱え続ける人達の声と声の隙間に何か水の跳ねる音が聞こえてくる。その音は少しずつ大きくなってきて……
「「「我らが主人の刃によって!!」」」
さらに大きくなった水音の方へと俺は振り返る。
探していたネズミがこちらへ駆けて来て……
「なっ!?」
その勢いのまま俺に爪を振り下ろしてくる。
咄嗟に神器で俺はその爪を弾く。ぶつかった瞬間、鋭い音が鳴り火花が散った。
「ヤベッ」
衝撃は逸らしたもののそれでも体が宙へと浮かぶ。
俺はバク転のように一回転しながら地下道のさらに奥へと手を付き滑るように着地した。
周りの雰囲気がさらに変わり、俺は辺りを見渡す。
(ここは……最奥か)
地下道の一番奥の部屋だろう。四方をコンクリートで固めた窓のない部屋。出入り口は俺が入って来た所以外見当たらない。周りには少し弱いものの十分に部屋の隅まで見えるほどの照明が付いていて、匂いも下水の匂いから煙で燻したような匂いに変わっていた。おそらくここでネズミを燻し、壁や床にその煙の匂いがついたのだろう。
「全てを汚れた水に浸すのさ」
ゆっくりと歩きながらやってきたネズミの横で先ほどの男性が言った。
「この異端審問官を殺し私たちは正式に教会へ宣戦布告する」
そう言って男性はネズミの方を見ながら薄く笑っていた。
俺は息をゆっくりと吐き出してから顔を上げる。体は十分に解れている。緊張もこんな状況なのに割とない。
「我ながら大馬鹿だね」
そんな自分に呆れて笑う。
不思議とそう呟いた瞬間から鍛冶場の炉のような闘志が湧き上がってきた。
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