下水の灯火 2

 少し前まで当たり前だった通学路。今はどこか懐かしい。

 そんな道を俺とアマツカ二人並んで話しながら歩く。アマツカが一度制服から着替えて後、寮へと向かう手筈になっている。

 ふと、俺たちは歩いている途中に何気なく同じタイミングで街のパン屋の前で立ち止まっていた。


「懐かしいですね。このパン屋」


 俺は「あぁ」と答えながら店の前に掲げられた看板を見上げた。色が落ちて書かれた店名の文字が記憶の中のものより薄くなっている。


「何か買っていくか」


 扉を開けるとカランカランとベルが鳴って、焼いたパンの甘く香ばしい匂いがした。ズラッと並べられた棚に広がるパンの数々を見て俺の心は少年のように昂っていく。

 昼食もしっかり食べたのに、俺の体は勝手に棚の方へと吸い寄せられていった。


「美味しそー!」


 隣でトレイとトングを持ったアマツカが言った。

 それに俺も「やばいな」と答え、トレイの方へと向かおうとした時だ。


「あれ? 久しぶりージャックくんにコトネちゃんでしょー!」


 振り返ると店の奥から白いエプロン姿の懐かしいおばちゃんが出てきた。まだ現役で働いているらしい。おばちゃんの方は記憶の姿とさして変わっていなかった。


「おばちゃん、お久しぶりです」


 子供の頃からの知り合い、パン屋のおばちゃんに俺は頭を下げて挨拶をする。

 アマツカも「お久しぶりです!」とそれに続く。


「ねー! 久しぶりー! 二人ともよく来たねぇ。変わらず仲良く元気そうで何よりだわー二人で来るのは小学生以来かしらねー! あの時、コトネちゃん、ランドセル背負ってたもんね!」


 おばちゃんは微笑みながら俺たちを見て頷く。

 そのタイミングで新たなお客さんがやってきて、おばちゃんは「また二人で来てねー」と中へ戻っていった。

 その後、俺たちはパンを選び店内の窓際にひっそりと設けられているカウンター席へと向かう。


「そう言えばちょっと前にアマツカが言ってたドラマ、図書室で見つけたよ」


 俺はそう言って買った餡パンを食べる。もちっとした食感に優しいあんこの甘さ。懐かしい、と頬が綻ぶ。

 隣のアマツカが勢いよく俺の方を見て「え! 本当ですか!?」と声のトーンを上げた。

 それにカフェオレを飲みつつ頷く。単行本サイズで最近入荷したものの棚にあった。


「読んだけど面白かったよ。ドラマは興味無かったけど、見ようかな」


「あれはほんとおススメですよ!」


 と、アマツカはしばらくパンを食べる事も忘れて、そのドラマの良さを興奮気味に語っていた。何か説明するたびにジェスチャーを入れるので忙しなく動く手が面白い。


「でも、先輩にはドラマの話、結構サラッと言って流れてたんで、興味ないし覚えてないと思ってました」


 そう言った後、アマツカが「よく覚えてましたね」と感心したような表情をした。


「実際、図書室行くときには忘れてたんだよな」


 アマツカはアハハ、と軽く笑って「やっぱり」と頷く。

 俺は窓の外に広がるまだ青い空を見上げ「でも」と話を続ける。


「棚にあるその本の名前を見た時、アマツカが好きって言ってたドラマだったのはすぐに分かったし、手に取ってた」


「え、それって私が……って言った……から」


「なんでだろうな。なんか覚えてたんだよ」


 俺は見上げていた空から視線を戻して隣のアマツカを見る。何故かアマツカは顔を机の方に向けていた。手も何故か太ももの上できつく握られている。


「ナンデ、デスカネー」


「ね、なんでだろう」


 アマツカも分からないらしい。


「あっついー」


 突然、アマツカは顔をあげ手で顔を扇ぎ始めた。

 確かに耳まで真っ赤だ。

 俺は「熱?」とアマツカのおでこへ手を伸ばす。


「ッ!」


「え」


 俺はアマツカに腕を掴まれ拒まれる。

 見るとアマツカのキッと睨んだ目は潤み、少し膨らませた頬は赤い。


「もしかして照れてる?」


「照れてません。ちょっと嬉しかっただけです」


 それと、とアマツカは声を小さくして「周りに人がいる中であまり私に触らないでください」と怒った。


「ごめん、ごめん。まぁ確かにオススメした作品を見てもらえるのって嬉しいよな」


「そうですね」


 そう言ってアマツカはプイッとそっぽ向いてパンを頬張った。

 それからしばらく何気ない話をしながらパンを食べてマンションへと向かいアマツカの着替えを待つ。

 待つ間に俺はキドウさんへ「お疲れ様です。学校終わりました」と連絡をする。


「ちょうどよかったわ。寮へ戻らず教会の方に来てくれる?」


「かしこまりました」


「硬ー!?」


 それから制服から着替えたアマツカと一緒にキドウさんの所へ向かう。

 キドウさんは待ち合わせの教会前から手を振っていた。


「「お待たせしました」」


「うん。二人とも学校おつかれ! ほな向かおうか」


 俺たちは俺の神器を作ってくださる職人の方通称『神打ち爺』と呼ばれている方の元へ向かう為、久々に教会の敷地に入る。


(あの日……以来か)


 天を突くように伸びた塔を見上げながら教会の扉を横切って進んでいく。

 こちらの方へと進むのは初めてだった。


「ここやな」


 教会のメインの建物から少し離れた所にひっそりとまた建物があった。一階建のこじんまりとした灰色の建物だ。

 扉の上にあるプレートには『警備室』とある。神打ち爺がいそうな所には思えない名前をしている。


「「ここですか?」」


 二人が自然とハモる。


「せや。まー見とき」


 そう言ってキドウさんは何か扉の横で手続きをすると扉が開いた。

 中へと俺たちは進む。

 入ったすぐそばの所で警官の服装をした人が立っていた。


「こっちやな」


 と、先へ進むキドウさんの後を俺たちは追っていく。

 ふと、見えた右手の方のガラスで仕切られた窓の奥には何台ものモニターがあって、そこに教会の敷地内を写している。

 制御盤には多数のボタンが並び、教会の中は厳重な警備体制が敷かれているのだろう事が予想できた。


「これで下降るで」


 下へと続くエレベーターがあった。どうやら鍛冶場も地下にあるらしい。


「こんな所あるんですね」


 アマツカが驚いた様子でやってきたエレベーターに乗り込みながら言った。


「しかも、かなり下に続いてるんですね」


 俺はそう言いながらエレベーターのボタンを見る。どうやら地下6階まで続いているらしい。


「せや。まっ行く機会なんてほぼ無いけどな! 俺も階の半分くらいは降りた事もないし」


 キドウさんがケラケラと笑っていると目的の階へとたどり着いた。

 エレベーターの扉が開き、まず目に飛び込んできたのは無機質な廊下とその先にある奥の部屋からの淡い炎の光。その部屋の壁には一心不乱に金槌を掲げては振り下ろす誰かのシルエットが見えた。淡々と金を打つ音が廊下に響いている。


「あれが……神打ち爺」


「せや。一生、金槌振るってる変わり者の爺さんやな」


「一生……」


 さっさと奥へと向かうキドウさんの後を俺たちは追った。


「爺さん。また神性体の核持ってきたから頼むで神器」


 先に部屋の扉のところからキドウさんは中へ声をかけている。

 追いついた俺たちはキドウさんの隣に進み、その部屋の中を覗いた。

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