第16話 幸せの真ん中に
正確に言えば、和室の座卓にコタツ布団がかけられていた。コタツ本来の姿に戻ったというところか。ご丁寧にもカゴに盛られた蜜柑が卓上に置かれていて、一気に冬の空気感が漂っている。……このカゴどうしたのかしら。
今日コタツを出すことは勿論わかっていた。朝、
ではなぜ杏がリビングと和室の境界で思考停止状態に陥っているのか。それは件のコタツで彼が寝落ちているからだ。
大の字、もとい、腰から下がコタツに食べられた状態で熟睡している良太を見つめることたっぷり十秒。杏は半眼を閉じると小さく息をついた。
――これもある意味想定の範囲内。
どうやらコタツには魔力があるらしい。知り合ってまだ間もなかった頃の彼自身が、大真面目に教えてくれた。
「一度コタツに入ると出られなくなるんだよ。いつの間にか寝ちゃってるしさ。すごーく強い眠りの魔法をかけられちゃう感じ?」
「何それ。じゃあ、ない方が都合がいいじゃない」
「違うんだって。それも込みで冬の風物詩っていうかさ。冬の幸せの真ん中にあるのがコタツなんだ。あったかくてー、ご飯も勉強もゲームだってできてー、眠たくなったら好きに寝る! コタツのある生活ってほんとサイコーだよ。杏さんも一緒に暮らしたら病みつきになると思うよ」
背中を丸めて両腕をコタツに突っ込み、にこにこと答えていた良太はまさにコタツの国の住人だった。
そんな彼だから季節が秋めいて気温が下がってくると日増しにコタツへのラブコールを訴えるようになった。良太はすぐにでもコタツ布団をセッティングしたいようだったが、杏の「まずは天日干しをしてからよ」という主張に最終的には従ってくれた。休みと天気のタイミングさえ合えばもっと早くに出していたことだろう。
「良太、」
膝をつき、そっと肩を揺さぶる。しばらくすると良太が眩しそうに薄目を開けた。その視線が杏を捉え、目許が柔らかく綻んだ。
「杏さんだー。おかえり杏さん」
「また風邪ひくわよ。この間熱出したところでしょ」
「うん、早速やられちゃったなあ。やっぱコタツの魔法はすごいや」
起き上がった良太は大きな
背後から「あ、」と声がした。
「杏さん。ちょっと手貸して」
「え?」
振り向くと良太が手のひらを上向けていた。引っ張って立たせてほしいということだろうか。それにしてはどっかりと腰を下ろしているというか、今から立とうとしているようにはあまり見えない。
――まあいいか。
杏は右手を彼のそれに重ねた。本当に、重ねただけ。すると良太はもう片方の手を上から被せて杏の手を挟み、それが当然とばかりにしっかりと握ってきた。
「――ね、冷たくないでしょ」
「ん? そうね」
「よかった!」
良太がぐいと引っ張った。不安定な体勢で屈んでいた杏は短い悲鳴とともに彼の胸に転がりこんだ。気づけば両腕が背中に回され、杏は抱き締められていた。
「りょうた!?」
「これからは杏さんに触る前に、まずあったまってからにするね。杏さん、いっつも俺の手が冷たいって言うから」
「てっ、あんたの手は、代謝が悪いからよ! もっと早く寝るとか、運動して筋肉を――」
「じゃあ杏さん、一緒に寝よ」
「いきなり、なに言ってんの!」
身じろいでどうにか腕を外に出すと良太の脇腹を叩いた。変に体重を預けているせいで全然力が入らない。その間にも、チュ、と頭頂に軽い感触が落とされる。
杏の頭を撫でていた良太の手指は髪を分け入って耳に触れてきた。親指と人差し指と中指でもって耳たぶをフニフニと弄ばれている。
頬が熱を帯びる。けれど嫌だと感じないのは――むしろ少し嬉しい気さえしているのは、それをしているのが良太だから。
「杏さんの耳、冷たい」
のんびりした声が降ってきた。
顔の熱が耳にまで移るのでは――そんな心配がよぎったけれど、努めて平静を装った。だって今日の良太はこんなにも温かい。杏が少しくらい発熱したところできっとわからないはず。
だから、代わりに憎まれ口を叩くことにする。
「……あんたの手が、温かいからでしょ」
「そっか。コタツさまさまだね」
戒めが緩んで杏はゆっくりと彼を仰いだ。目が合うと良太はへらりと笑った。
――――――――――
月2回更新のため、しばし間があきます。すみません。
[第17話 星が降る夜]は12月1日公開予定です。
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