2000年代に活動していたあるアイドルについて

@Dr_Kobaia

2000年代に活動していたあるアイドルについて

…。


……。


ああ、もうしゃべっていいですか?


じゃあ…はい。えっと…。


これは私が通っていた女子校の話です。だから20年以上前の話になりますね。


話ってのはね、私のクラスに一人、その、アイドルをやっている子がいたんですよ。


アイドルっていっても多分ご存じないと思います。眉村咲って知ってますか?…ですよね。なにせ20年も前にローカルで活動してた人ですし。ネットで調べても情報なんて出てこないんじゃないかなぁ、たぶん。


でも本人は純粋に歌手を目指していたらしいです。一応事務所にも所属していたようですが、なにせ無名ですから。ショッピングモールの催事場とか、地元のお祭りの会場みたいな小さなとこで歌いながら、地道な活動をしていたようです。


私と眉村さんは特段親しかったわけではなくて、共通の水野さんっていう友人がいたんですよ。水野さんは彼女と仲が良くて、よく相談にも乗ってたみたいです。


そんなある日、水野さんは眉村さんから悩みを打ち明けられたそうです。いつになく深刻そうな顔をしていたから、水野さんは最初は心配しました。変なファンに付きまとわれているとか、普通は思うじゃないですか。でも全然違ったんです。


変な夢を見る。


眉村さんはポツリと、そう言いました。


水野さんは正直拍子抜けしました。なんだ、夢の話か、と。それくらい誰でも経験ありますよね。空を飛んでて最後に落っこちる夢とか、ヘンテコな怪物に追いかけられてるのに、足が全然前に進んでくれない夢とか。あなたも心当たりあるんじゃないですか?


でも眉村さんは本気で悩んでいるようでした。だって、同じ夢を何度も見るって言うんですから。


しかもその内容がね、ちょっと不気味なんです。なんていうか、シチュエーションがやけに具体的なんですよ。


夢の中で眉村さんは大きなステージに立って歌っているんです。そこはコンサート用のホールで、お客さんも大勢入っています。会場の雰囲気はすごく暖かくて、みんな手拍子をしてくれたり、手前の方にはいつも応援してくれてるなじみのファンの方も何人かいて、すごいリアルな感じだったみたいですよ。でも、眉村さんは舞台に立ちながら、あることに気づくんです。


観客の中に変な人がいるんですよ。


その人、会場の後ろあたりの席に座って、じっと動かずに、眉村さんのことをずーっと睨んでるんです。


しかもその人、誰なのかよく分からないんですって。


なんていうか、特定の誰かって認識できないんです。なのに、こっちを睨んでるのだけは分かるんです。そこらへんはなんていうか、いかにも夢の中って感じがしますよね…。


顔はよく分からないけど、こっちを見る眼だけがぼうっと浮かび上がってる、って感覚でしょうか?だから、その人の感情がうまく読み取れないんです。自分のことを恨めしく思っているようにも見えるし、妬んでいるようにも、ひどく悲しんでいるようにも見える。


こんな夢を見るようになったんですよ。それも毎日。


ね?なんか気味が悪いですよね。でも変なのはそれだけじゃなかったんです。


実は眉村さん、ひと月後にそのステージに本当に立つ予定だったんですよ。まるで予知夢みたいじゃないですか。なんでも、地元の市民ホールが建設されて何十周年かの記念イベントが予定されてたようで、そのプログラムの中で何曲か歌わせてもらえることになったそうなんです。


大舞台に上がろうって矢先に、こんな変な夢を何度も見るようになったんですね。


もちろん眉村さんは誰かから恨みを買うような人じゃありませんでした。ストーカーの被害に逢っていたわけでもありません。彼女には全く心当たりなんてありませんでした。まあ、それがかえって不気味だったんですけどね。


水野さんはある提案をしました。


水野さんの家族の知り合いに、結構強い霊感を持ってる人がいたので、紹介してあげたんですって。さすがに本格的な除霊…なんてことまでは考えなかったそうですが、でもそれで眉村さんの不安が取り除かれれば良いんじゃないか。そう思ったみたいです。


後日、水野さんと一緒にその霊能者と実際に会うことになりました。別にお寺とかそういった特別な場所ではありません。まずはその話を詳しく聞こう、ということになって、3人は近くの喫茶店で待ち合わせをしました。その霊能者ははじめ眉村さんを見たとき、怪訝そうな顔をしたそうです。そしてしばらく夢のあらましを本人から聞いたあと、言いました。


眉村さんには悪霊なんて憑いていない、と。


その霊能者が言うには、眉村さんの周りには悪質な霊の気配はないって話でした。


まあ私は霊感なんて無いですから、ああいう人たちに何がどう見えているかも分かりません。でもね…それが一番だと思うんですけどねぇ…やっぱり。


ああ、話が逸れましたね、すみません。


ともかく、水野さんはそう聞いてひとまず安心したそうです。ですが、当の眉村さんは納得しかねていました。そりゃそうですよね、彼女にとっては悪夢の原因が分からずじまいなんですから。


ただ、その霊能者さんも親切な方で、前もって用意してくれたお札やらお守りやら、そういうのを眉村さんに渡してくれたそうです。でも…。


その夢に対して効果があるかは保証できない。霊能者はそう言いました。力になれなくて申し訳ない。とも。


そんな余計な事言わなくていいのに…。水野さんは内心そう思ったみたいです。霊なんて憑いてないんだ。だから変な夢なんて気のせいなんだ。って、たとえ気休めだとしても、そう言ってくれれば良かったんですよ。


眉村さんの不安は大きくなっていきました。


…。


……。


眉村さんが結局どうなったかですか?


彼女ね。


死んじゃいました。


その霊能者と会って、2週間くらい経ったころでした。


交通事故でした。


ステージにはね、立てなかったんですよ。眉村さん、結局。


彼女の夢ね。


予知夢じゃなかったんですよ、あれ。


だってね、ステージ立ってないんだもん。


…。


水野さんが学校から家に帰ったとき、真っ青な顔をしたご両親から眉村さんが事故にあった、という報せを聞きました。水野さんはすぐに眉村さんの搬送された病院へ向かいました。


でも、病院に着いたからといってすぐに面会ができるわけではありません。緊急の治療が一通り終わったあとも、眉村さんはまだ意識を取り戻していなかったからです。担当の先生が言うには、依然として危険な状態だということです。水野さんは帰る気になんて到底なれず、眉村さんのご家族と一緒に病室の近くの待合室に残り、彼女を近くで見守ることにしました。


そのうち深夜を回り、そろそろ明け方になろうという時刻になっていました。水野さんも疲れからだいぶ意識がまどろんできたころです。看護師の方が駆けつけてきて、眉村さんが意識を取り戻した、と報せに来ました。


水野さんたちは急いで眉村さんのもとに向かいました。ベッドに横たわる痛々しい姿の彼女は、仰向けになりながらボンヤリと天井を見つめていました。


咲ちゃん!水野さんは彼女の名前を懸命に呼びかけました。


眉村さんはゆっくりと水野さんの方へ顔を向けました。すると、はじめは力なく見つめていた彼女の表情が、みるみるこわばり始めたんです。それは幼馴染の水野さんでさえ、始めて見るようなすごい形相でした。


すると重体であるはずの眉村さんが、水野さんの腕をいきなりガシっと掴んだんです。


え!?


死にかけている人とは思えないその力に、水野さんは思わずのけぞりました。


すると、眉村さんは一言つぶやいたんです。


夢を見たって


夢?


水野さんは動転して、意味が分かりませんでした。でも、すぐに思い出しました。


あの不気味な夢。


またあの夢を見たの?


そうです。


眉村さんはまた夢を見たんですって。


眉村さんはつぶやきました。


ステージの上で歌ってる


私の姿を


客席から見上げる夢…


そう言い残した後、眉村さんは再び意識を失いました。そして二度と目覚めなかったそうですよ。


例の夢に出てきた不気味な観客は、タチの悪い霊なんかじゃなかったんです。だってあれは、眉村さん自身だったんですから。


…これで、私の話はおしまいです。


…。


あの…。


この話って、どう解釈したらいいと思いますか?


結局眉村さんは、ステージで歌う夢を叶えられなかった訳じゃないですか。


あの夢は、ステージで歌うことはできない、っていう警告だったんでしょうか?


それとも、夢の中でもステージで歌いたい、という眉村さんの強い思いが、時間を超えてあんなものを見せたんでしょうか?


それとも…。いや、これはあくまで私の勝手な解釈なんですけどね。


事故死した眉村さんが、ステージで歌っているもう一人の別の自分に嫉妬した、なんて考えられませんか?


事故に会わない別の未来へ進んだ眉村さんは、夢を実現している。客席にいる自分は、それが叶わなかったのに…。


ステージ上にいる眉村さんは、もしかしたら事故死したもう一人の眉村さんに、連れてかれちゃったんじゃないかなって。


そう考えたら、あの恨めしく睨んでいた、っていう話にも合点がいくと思うんですよ。


……いや、そんな考え方は意地悪が過ぎますかね。下衆の勘繰りってやつでしょう。


でも、つい思っちゃうんですよね。私は…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

2000年代に活動していたあるアイドルについて @Dr_Kobaia

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ