最終話 【魔王】アンラ・アスラ

 ストライク&ブラスト。

 それは、いくつもの魔法を同時に重ねる事で発動する、俺の“切り札”だった。

 『ストライク』にて敵の攻撃を弾き、無防備になった一瞬に『ブラスト』を叩き込む。

 言うだけなら簡単だが、弾けるモノや使える状況は限られる未完成の“切り札”だ。更に一度見られれば警戒されて二度は通じない。

 しかし、決まれば敵は無防備な所に攻撃を受けるに等しく、発動すれば間違いなく勝負を決める。アスラにぶち込んだ衝撃も手応えは十分だったしな。


「加減が……課題だな……」


 アスラの手から離れた【地剣グラム】と【雷剣タラニス】が近くに突き刺さる。

 それを俺も近くに【風剣ストーム】を突き立てると、二ヶ所折れて歪に曲がった片腕を抑えた。痛てて……加減の要らない相手で良かったぜ。


「ルシアン。アスラは戦闘不能だ。ファラちゃん、アスラの治療をしてやってくれ。内臓が幾つかぶっ壊れてるだろうからな」


 俺の勝ちだろう。そう確信できる手応えはあった。


「アダム殿。この戦いにおいて、勝敗を決めるのは私ではない」

「アダム君ー。貴方は少し勘違いしてますよー?」


 あぁ、なるほど。アスラは不死身系か。だが、こっちには『七界剣』が落ちてる。

 アスラが何をして来ようともアドバンテージはこちらが先に取れ――


 ドッ、と空気が変わった。

 いや、重く……違う……密度が集まった感じだ。何て言うか……狭いところに押し込められた様な……


「――いやぁ、参ったよ」


 そんな声と共に、ボゥ……と暗闇に“蒼炎”が浮かぶ。


「まさか、“歩く者”に変身を解かされるとはねぇ」


 ザワ……ザワ……と沼の水を分けて“蒼炎”がこちらへ歩いてくる――


「あんまりね。この姿は見せたくないんだ。世界が吾輩を拒絶する」


 バシャ、と肉眼で確認できる距離で足を止めたソレはヒトではなかった。

 黒い民族服に身を包み筋骨隆々の身体はヒトのモノだが、身体全てを統治する頭はヒトの頭ではない。

 “蒼炎”によって燃える珠が頭の代わりに首から上に浮いている。その珠に目のような丸い点が二つ着いているだけで、他は口も鼻も無い。


「アダム君」


 ソレは【雷剣タラニス】によって失った腕と空けられた穴に“蒼炎”が燃えると目の前で元通りに再生した。


「第二ラウンドと行こうか?」


 再生した腕の感触を確かめる様に、アスラはぐるぐる回す。

 間違いだった。コイツは――“空を飛ぶ奴ら”じゃない。

 更にその上……空も地上も全てを見下ろす盤外のテーブルに座り、正面に座る奴らだけを見ている。何故なら――


「必要ねぇもんな。自分の驚異にならない奴らを見る事なんてよ!」


 俺は【風剣ストーム】を取ると『七界剣』を巻き上げ――


「うん。そうだね」


 られなかった。アスラは一瞬で間合いを詰め、手の平が俺の顔前に迫っていたから……


「畑違いだよ、アダム君。吾輩達のテーブルに“歩く者”が昇り、座る事は不可能だからね」


 そのアスラの言葉を最後に俺の意識は、ブツ……と暗転した。






「――――っ……」

「! アダム!」

「アダム!」

「アダム君っ!」


 俺は眼を覚ますと、そこはアスラの家の寝泊まりしていた部屋だった。

 イヴ、ガインズ、セーラの三人が心配する顔が一番に入ってくる。


「皆……ここは――痛っ!?」


 腕から激痛。見ると添え木に包帯を巻かれて治療されてた。それはアスラとの戦いが夢でなかった証だった。


「……アダム君……痛み止め飲んで……」

「くれ……」


 薬師のセーラが渡してくれた痛み止めの薬を飲むと辛さが和らぐ。そして、改めて室内を見ると、明るく、夜が明けている事が解った。


「昨晩、寝てる所に、エィッ! て声がして皆で起きたら【魔王】が居てさ。アダムが怪我をしたから診てくれって」

「片腕……二ヶ所の複雑骨折です……何がどう、力が加わったら……こんな事になるんです……?」

「……アダム、あんた……」

「アスラと戦ったよ」


 やっぱり……と皆は驚きもせずに嘆息を吐く。


「何のために私たちが居ると思ってるのよ」

「そうだ。戦うのは決めてたんだから、皆で行けば良かっただろ」

「ど、毒や麻痺薬は……常に用意してます……ので……」

「……そうだな。俺が間違ってたよ。わりー、皆」


 そりゃそうだ。アスラは一人で勝てる様なヤツじゃない。






「よう」

「ん? 元気そうだね」


 俺はしばらく休んでから、三角巾で腕を吊り部屋を出た。

 太陽が真上にくる時間帯。他のメンバーは各々で過ごしていた。

 イヴはファラちゃんから料理を教わり、ガインズはルシアン(半日休暇とってる)から月の話を聞いたり、セーラは【バジリスクの溶解毒】を少し貰った事で、薬をねるねるしてる。

 俺は家の近くで沼の中に手を突っ込んでいるアスラに声をかけた。

 その姿は“蒼炎”ではなく、おっさんで農業をしている。


「君の友達、凄いね」


 俺ではなく、アイツらを“凄い”と言われどこか嬉しくなった。


「怪我をした君を見た途端、すぐに吾輩を警戒しつつ、ササッと治療しちゃったよ」

「俺の自慢の幼馴染みだ」

「そうかい。それなら実に危なかった」

「何が?」

「昨晩、君一人でなかったら吾輩は負けてたかもね」

「……そうは見えなかったけどな」


 アスラはズボッ、と沼の中からレンコンを引っこ抜くと吟味する様に状態を確認する。


「吾輩はヒトの繋がりを決して軽視しない。その狭間に生まれるエネルギーは予測できない事象になるからね。ソレで、吾輩は前の世界を追い出されたし」

「アンタの事情がどんなに複雑でも今さら驚かねぇよ。正体が“火の玉”でもな」

「ふっふっふ。君も大概だよ? 変身を解いた吾輩と戦おうとするなんてね」


 アスラ本来の姿は環境が変わったと思えるほどの圧があった。しかし、それでも剣を手に取ったのは――


「まぁ、俺は【勇者】だからな。【魔王】相手に怖じ気づいてる場合じゃねぇ」

「なるほど」


 アスラは笑うと、収穫したレンコンを近く籠に入れた。


「なら、アダム君が先に戦う者達がいる」

「アンタの部下か?」

「いんや【魔王】」

「…………は? 【魔王】はアンタだろ?」

「そうだよ。でも、『荒れ地』の向こうには四人の【魔王】が居るんだ」

「どう言う事だ?」


 アスラはかいつまんでその辺りの事情を説明してくれた。


 『荒れ地』の向こうには元々、四人の【魔王】が居り、各々が独自の領域にて強靭な力を振るっていた。

 多種多様な種族を集めて戦力とする【魔王】。

 統一種族のみで国を構成する【魔王】。

 魔物を我が子の様に抱きしめて管理する【魔王】。

 条件が揃う所だけに現れる【魔王】。


「全員【魔王】なのか?」

「そうだよ」

「大安売りな称号だな」

「ははは、そうだね。彼ら、彼女らはアダム君たちの国を含めるヒトの文明に侵食しようとしている。まぁ、吾輩よりも君たちの言う【魔王】に近い存在かもね」

「アンタが全員をまとめようとは思わないのか? 出来るだろ?」

「いや……やらないよ。吾輩の目的は『荒れ地』の管理。“彼ら”とはそう言う契約でこの世界に滞在してるからねぇ」

「その契約は……誰とか聞かない方が良いんだろ?」

「うん。答えても君には理解できないからね」

「まぁ、『七界剣』を見れば何となく予想が立つ」


 エデン先生はその内の一人だろう。後はファラちゃんが口にしたガリアとか言うヤツか。


「ありがとよ。とりあえず、進むべき“道”は見えたわ」

「“道”か……君には“空を舞う翼”が生えてる。わざわざ歩くのかい?」

「ああ。歩くさ。アイツらはまだ飛べないからな」


 俺はアスラの家に居る三人を想う。アイツらを置いて先に行くなど考えた事もなかった。


「一旦、カリストロに帰るよ。そんで、アンタ意外の【魔王】を倒してから再度、四人・・で挑みに来る」

「――――いいね。その時は吾輩も本気になっちゃおうかな」

「専用の舞台を作っとけよ」


 俺はアスラに踵を返すと、仲間に帰る旨を伝えに歩き出す。すると、


「アダム君。『七界剣』を一本、好きなの持っていきなよ。【風剣ストーム】は君に馴染んでたよ?」

「いらね。俺にはコレがあるからな」


 俺は振り返りつつ折れた腕を見せる。

 ストライク&ブラスト。次はコイツでお前を仕留めると言う意思表示だ。それと、


「俺からも一言いいか?」

「なんだい?」

「『七界剣』は所持者に条件をつけろよ。飾りの為の剣じゃないんだろ?」


 すると、アスラは何か納得した様に、


「そっか……それで良い感じか。ナイスアイディアだよ、アダム君! 皆にそう進言してみるよ」


 これが、俺とアスラの出会いで【勇者】と【魔王】の始まりの物語だ。


 ん? それからアスラとは戦ったのかって? そりゃ、戦ったに決まってるだろ。俺に二言はねぇの。

 四人の【魔王】の野望を阻止してから、最後にアスラと戦って、そして――――






「♪~♪~」

「アスラ殿」

「ルっち? 珍しいね。君から来るなんてさ」

「王城は水源が噴水しかないので君を捜すのに少し歩いた。城の外に居たとはな」

「キャベツが良い感じでさ。何個か持っていきなよ」

「ありがとう。上機嫌の様だな」

「そりゃね。アダム君の意思が、吾輩を少しずつ追いかけて来てるからね」

「アダム殿の子孫か? ライバックを名乗る者は複数いるが先代を越えた“ストライク&ブラスト”を持つアラン・ライバックは彼の血筋ではない」

「だから嬉しいんだよ。継がれているのがアダム君の血じゃないことにね」


 アランは近くに突き刺した【地剣グラム】に引っかけているタオルを取ると汗を拭う。


「今日はなんの用?」

「私の方に招待状が届いた」

「君に? 誰から?」

「【武神王】」

「アイっちが? ルっちって知り合いだったん?」

「決闘システムの基盤の構築に手を貸して貰った」

「招待状は何かのパーティー?」

「いや、選手としての誘いだ。場は『天下陣』。聞いた事は?」

「知ってるよ。吾輩には招待状は来なかったけどね」

「君に戦意が無いと判断しての事だろう。しかし、此度は最後と言う事で私も彼女に協力したいと思っている」

「アイっち……そう答えを出しちゃったか。エデンちゃんと無式君が居なくなったのが相当に堪えたんかね……」

「本人しか解らない事だろう。しかし、私は時期が悪い。【呼び水】の審判とぶつかってしまった」

「ありゃ。それで、吾輩に出てくれと?」

「話が早くて助かる」

「冗談のつもりだったんだけどね……『荒れ地』の管理は良いの? 吾輩が離れて」

「一時的に“クローディア”に任せる。君次第だが」

「いいよ。ルっちの代わりに出る。吾輩も――」


 よう、アスラ。10年ぶりだな。戦ろうぜ。俺達・・と――


「力比べに興味が無くはない」

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勝手に天下無双になってた魔王の話 古朗伍 @furukawa

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