ムカデがいっぱい

野々村鴉蚣

 

わたしは、なぜかその日急いでいた。顔のいい友人だった。神木隆之介みたいな。

わたしは男であるが彼に惚れているような気がした。

その日私たち二人はスーツを着ていて、謝罪のために東京に来ていた。

待ち合わせの時間までカフェでゆっくりと時間を使い、約束の時間に店を出た。

わたしはなんだか気が進まなくて、上の空で歩いていた。

そしたら、なにかに蹴躓いたのか、アスファルトに盛大に転んでしまった。

目の前でアリなどの小さな虫がはけていく中、左手に変な違和感を覚えた。

恐る恐る中を見ると、数えられないほど大量のムカデがまるで居心地の良い新居に引っ越したばかりの主婦さながら、とぐろを巻いて寝ていた。

何匹いるのか数えられない。ただ、手を振ったり息をかけたりしたら非常に怒ったように牙を立てた。腕が噛まれたように思う。パラパラと落ちたムカデも必死に左手へ帰ろうと足を伝って這いずり上がってくる。そこでわいのわいのと暴れていたら、男が踵を返して訊ねた。

「何してる、遅くなったらまた怒られる」

「ムカデがたくさんで」

わたしが困った声を上げると、彼はそんな私の左腕を引っ張って謝罪先へ連れて行ってくれた。その間二人はたくさん噛まれた気がする。

謝罪が終わり、カフェで一息つきながら私は両手を見た。たくさんの噛み跡が赤く腫れていて、近いうちにヒリヒリと痛み出しそうだった。

男は私の左手にペンで何かを書くと、それを握っているよう指示をした。決して見てはいけないとも言った。

「これは俺たちへの呪いか、罰だろう。もう、手の内を明かすようなこと、してはいけない」

見れば男の右手も赤く腫れていた。私の手を引く時に噛まれたからだ。

わたしは目を伏せた。しかし、男はそんな私の肩を叩いて笑う。

「なぁ、気にするな。そんなことより大切な話がある。俺とお前だけの、秘密だ」

そこで目が覚めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ムカデがいっぱい 野々村鴉蚣 @akou_nonomura

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ